【仏教ブログ】母の日に思い出す和讃

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

2023年5月14日は母の日です。

元々はアメリカ発祥のもので、1914年にアメリカ議会で5月の第二日曜日とされたものです。それが、日本に伝わってきたとされています。

親鸞聖人が作られた和讃にも、母という言葉が使われているものが複数有ります。この母に譬えられているのが阿弥陀仏です。

浄土和讃には、このように書かれています。

子の母をおもふがごとくにて

 衆生仏を憶すれば

 現前当来とほからず

 如来を拝見うたがはず(浄土和讃114)

一つ前の和讃で「一子のごとく憐念」されるのが阿弥陀仏だと示されています。そのように阿弥陀仏に思われている私が、子供が母親を思うように阿弥陀仏の慈悲を受け入れて思うことがあります。

そうなると現在も、また来るべき浄土往生する時も阿弥陀仏のお心を拝見することは疑い無いと言われています。

子供が母を思うのは、それ以前に母が子の事を思い続けているからです。母親で言えば具体的に、子供を抱いたり、話しかけたり、食事をさせたりと色々と世話をします。

阿弥陀仏は、私を憐れに思われて本願を建てられ、浄土を建立されました。その浄土に私を招いて喚び続けれれる働きが南無阿弥陀仏です。声となって私の口に現れて下さっているのが、阿弥陀仏の慈悲の顕れである念仏となります。

ですから、阿弥陀仏が私を助けようというお慈悲を私が思うのは、阿弥陀仏が私を助けようと思い続けだからです。口から南無阿弥陀仏と念仏が出てくださるのは、阿弥陀仏が私をよび続けだからです。

そのように、阿弥陀仏の本願を聞いて疑い無く念仏する人は、決して阿弥陀如来は遠い存在ではありません。ただ今、南無阿弥陀仏と称え聞くところに阿弥陀仏がここに働いておられる事は疑いないことです。

母の日と言っても、遠く離れて暮らしている方もあれば、すでに故人となられた方もあると思います。実の母とは会えないという方も、阿弥陀仏にはいつでも南無阿弥陀仏と称え聞くところで出会うことができます。

母の日に限らず、親への感謝は伝えるべきですが、念仏申す事も、何かの記念日だけではなく、常日ごろ申させて頂きましょう。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

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