【仏教ブログ】立春。春は向こうから訪れる。
光顔寺明照廟堂/水月精舎(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。
2月4日は暦の上では立春となり、春の気配が立ち始める日とされています。とはいえ、今年は寒波が何度もやってきて、なかなか春の気配を感じることは出来ません。
大雪に覆われた場所に春を探しにいっても見つけることは難しそうです。しかし、春は必ず訪れます。私が頑張ったご褒美でもなく、苦しくてもやってきます。私の方でどれほど春の到来を早めようとしてもそれは叶わないことです。なぜなら春は、春の方からやって来るものだからです。
それはどれだけ寒く、雪の日が続いていても、その雪の下や目に見えないところで春は着々と近づいてきています。
浄土真宗では阿弥陀仏の救いは、私の方から迎えにいくものではなく、阿弥陀仏の方から与えられるものであると教えられます。
そのことを、蓮如上人の御文章では、このように教えられています。
もろもろの雑行をなげすてて、一心に弥陀に帰命すれば、不可思議の願力として、仏のかたより往生は治定せしめたまふ。(御文章5帖目10通・聖人一流章)
こちらに「仏のかたより」浄土往生は定めて頂くのだと書かれています。私からお願いすることで浄土往生するのではなく、阿弥陀仏の方から定めてくださるのです。
毎年冬から春になる時は、思いがけず春の到来を感じることができます。寒さの中で、春の到来を待っている時はなかなかやっては来ないものですが、春は向こうからやってきます。
しかし、阿弥陀仏の救いは、春のように待っていればよいというものではありません。
そのことを、さきの御文章では「もろもろの雑行をなげすてて、一心に弥陀に帰命すれば」といわれています。自分の方からいろいろな善根を阿弥陀仏に差しだせば褒美に助けて頂けるという思いを捨てて、阿弥陀仏の方からの「我をたのめ必ず助ける」の南無阿弥陀仏の仰せに従うことを、信心といいます。その信心が定まるところに、阿弥陀仏の方から往生は定めて下さいます。
阿弥陀仏の方から「我をたのめ必ず助ける」と呼びかけて下さる南無阿弥陀仏は、春とは違い冬の次にやって来るのではありません。この立春における春のように、目に見えなくてもただ今私に与えられているものです。そのただ今、阿弥陀仏から呼びかけられる阿弥陀仏の仰せを聞いて下さい。

※上の画像は生成AIが考えた-「着々と近づく春と「我をたのめ必ず助ける」とはたらく阿弥陀如来」-です
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Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

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