【仏教ブログ】お彼岸の「彼岸」はどこにある? 2021年09月01日 00:09

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

今年は、八月半ばに長雨が続きその後猛暑が続いています。「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉も、温暖化の今日には通じなくなってくるかもしれません。

9月は23日秋分の日が秋の彼岸の中日となっています。毎年、春分の日と秋分の日の前後7日間にわたって勤修されるのが彼岸会の法要です。この彼岸の行事は、日本で始まったといわれています。日本の各宗派では「修行がしやすい時期だ」ということでおこなわれています。確かに、真夏や真冬に修行するのは大変そうです。

ただ、浄土真宗では「自らのさとりの為の修行」というものがありませんので、この彼岸会は仏徳讃嘆、仏恩報謝の法要となっております。

この「彼岸」は、もともと梵語の「パーラミター」の意訳「到彼岸」を略したものです。

「パーラミター」は、漢字で「波羅蜜」と音訳されています。言葉の意味としては「完成された最高の状態」「完全な」となるところから、迷いの世界(此岸)からさとりの世界(彼岸)に到達することや、そのための修行を「到彼岸」とか「度」と意訳されるようになりました。

ですから、「お彼岸」の「彼岸」とは、「あの世」のことではありません。迷いを離れたさとりの世界をいいます。浄土真宗では、それは阿弥陀仏のお浄土です。

阿弥陀経に

「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、名づけて極楽といふ。その土に仏まします、阿弥陀と号す。いま現にましまして法を説きたまふ。」

と説かれています。

西の方向に、十万億仏土という途方もない世界を過ぎたところに極楽という世界があり。そこに阿弥陀仏という仏様がまします。そしていま現在説法されています。

その阿弥陀仏の極楽浄土が西にあることから、先人は太陽が真西に沈む日を、彼岸の日と呼ぶようになりました。

この迷いの世界、どこに向かっているのか不透明な状態から、極楽浄土という、さとりの世界へ向けて生きる身になろうというのが、彼岸の法要が務められる理由です。何かと不安が多い昨今ですが、私が参るべきところがあるのだと教えられるのが浄土真宗です。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。