恵方巻きとお釈迦さまの教え

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

早いもので、もう2月も半ばを過ぎました。新年を迎えたと思っていたら、もう2月です。

私が生まれた場所では「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」と言って、月日が過ぎるのが早いことを言っていました。

少し時期が過ぎましたが、ここ何年かのことですが「節分」と言えば「豆まき」から「恵方巻き」に変わりました。それが行きすぎて、恵方巻きの大量廃棄がニュースで取り上げられていました。食べ物を粗末にしないようにしたいものです。

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ところで、ここで「恵方巻き」の話を出したのは、毎年語られる「恵方」についてです。「恵方」とは、「縁起のよい方向」と言われています。しかし、実は仏教ではそのようは「恵方」はないと、お釈迦さまは教えられています。

その教えを受けて、浄土真宗でも「恵方」ということはいいません。実際に、本願寺派では再興の祖と言われる蓮如上人はそのお手紙にこう書かれています。

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まづ『涅槃経』にのたまはく、「如来法中無有選択吉日良辰」といへり。この文のこころは、「如来の法のなかに吉日良辰をえらぶことなし」(御文章1帖目9通)

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現代文でいうと、以下のようになります。

「涅槃経にこうあります。「如来の法のなかに吉日良辰をえらぶことなし」意味を言えば、お釈迦さまの教えには日の善し悪しを問われません。」

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加えて言えば、方角の善し悪しもいわれません。つまり、「恵方」についてはお釈迦さまは否定されています。

方角の善し悪しについては、日本でも平安時代は「方違え」といって、方角が悪い日は貴族は朝廷への出仕をしなかったそうです。しかし、これは陰陽道からきた説で仏教と関係はありません。

なぜ、仏教でそのようなことをいうのかといえば、私の幸不幸に関しては、お釈迦さまは「方向の善し悪し」では決まらないと教えられたからです。さらに言えば、生まれながらに持った「運命」というものも否定されています。

では、何によって私の身に起きる様々なことが起きるのかと言えば、「自業自得」と教えられます。恵方によって決まるのではなく、自分の行為によって決まるのだとと教えられています。

もちろん浄土真宗の教えでも「救い」は日の善し悪しや方角で決まるものではありません。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

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