【仏教ブログ】年始の計画に「必ず」はありますか?(1) 2022年01月01日 00:01

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

明けましておめでとうございます。

年も明けて一年の計は元旦にありと言う言葉もありますが、年始に当たっていろいろ計画を立てられる人もあると思います。

しかし昨今のコロナ禍のこともあり、考えても先が見通せないのが世の中だということがよく知らされます。そのように先の見通せない社会において、どうしたら先を見通すことができるのだろうといろいろな人の意見に耳を傾けることもあると思います。

先を読むということでいえば、将棋の世界では藤井聡太四冠が誕生し大いに盛り上がっています。この将棋は、81マスの盤上にお互いが駒を進めて戦わせる勝負です。プロの棋士ともなると何手も先までお互いの手を読んでいくわけです。実際、藤井聡太四冠は竜王戦の第四局で13手先の詰みを読み切って勝利しました。しかし、将棋は10の60乗以上の局面が現れるので全てを読み切ることはできません。

ところが昨今の機械学習の発展により、AIは人間をはるかに超える能力で先を読めるようになりました。将棋の対局中継では、一手指すごとにAIの解析によりどちらが優勢かが画面に表示されるようになりました。

とはいえ、AIも限られた計算能力での先読みなので完全にすべて先を見通せるわけではありません。

将棋も、私たちの人生にも先が見通せない以上「必ず」ということはいえません。ところが、浄土真宗では「必ず」という言葉が出てきます。それは、阿弥陀仏が私を救う事ができるという点では使われます。

親鸞聖人は「和讃」にこう書かれています。


(7)

生死の苦海ほとりなし

 ひさしくしづめるわれらをば

 弥陀弘誓のふねのみぞ

 のせてかならずわたしける(高僧和讃)

(現代語訳)

迷いの世界は苦しみばかりの海のように果てがない。(この海に)遠い過去より沈んでいる私たちを、阿弥陀如来の本願の船は、乗せて必ず渡してくださる。


年始の計画で、今年は必ず〇〇をするとは言い切れませんが。阿弥陀仏が私を必ず助けて浄土へ渡してくださるということは、阿弥陀仏からはいえます。

阿弥陀仏がいわれる通りに、私が「必ず」浄土へ参らせていただけるようになったという年になれば有り難いと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。