アーカイブ

【コロナ関連情報】納骨堂の参拝・内覧は通常通り行えます2020年02月26日 01:02

コロナウイルスの状況によりお問い合わせが増えております。

光顔寺では、2020/02/26以降の集会行事を延期または中止しておりますが、

納骨堂を必要とされる方の為、参拝や内覧会の日程に変更はありません。

体調にご留意の上、お越しください。

【コロナ関連情報】当面の集会行事を延期いたします2020年02月26日 01:02

2020/02/26以降、当面の集会行事を延期いたします。

尚、急ぎ必要とされる方の対応の為、3月の土日祝の納骨堂内覧会は予定通り行います。(コロナウイルス関連の状況によって中止する場合がございます)

<代表的な行事>
西班牙風邪百回忌&合同物故者追悼法要
アーカイブス法話会
お寺deCLASSIC
お寺deJAZZ
世話方会

特に100年前 大正年間に世界中で大流行したスペインかぜ物故者の100回忌法要を2020/03/15 合同物故者追悼法要内にて行う予定でした。

国内で当時5700~5400万人程度の人口に対し、約2300万人がかかり、48万人(当時内務省発表39万人)が生涯を閉じられました。光顔寺門信徒の方々も多く命を落とされました。100年の節目に当たり、全国でコロナウイルスの蔓延が疑われる中でかつてのパンデミックに思いを致し執り行わせていただく予定でしたが、同クラス以上の状況と判断し、延期いたします。

尚、判断の根拠にした精緻なコラムがございますので、URLを貼り付けさせていただきます。

【延期】西班牙流行性感冒(スペインかぜ)物故者百回忌について2020年02月25日 16:02

当院では100年前 大正年間に世界中で大流行したスペインかぜ物故者の100回忌法要を2020/03/15 合同物故者追悼法要内にて行います。

但し、昨今のコロナウイルスの拡散状況においては延期する場合がございます。

国内で当時5700万人程度の人口に対し、約2300万人がかかり、39万人方が生涯を閉じられました。100年の節目に当たり、全国でコロナウイルスの蔓延が疑われる中でかつてのパンデミックに思いを致し執り行わせていただきます。

詳細は後日HP上でアップします。

【仏教ブログ】自分の絵に鬼の角をつけた浅原才市さん2020年02月14日 00:02

節分の鬼に関連して、もう一つ話をします。

浄土真宗の妙好人として有名な島根県の浅原才市さん(1850−1932)の肖像画についての話があります。

浅原才市さんは、いつも念仏を申して寺に熱心に通う人でした。また、性格もおだやかな方だったようでした。その才市さんが69才のとき、地元の画家が才市さんの絵を描いてくれました。完成した絵は、才市さんが座って有り難そうに合掌している絵でした。

周りの人は、とても才市さんに似ていると口々に言いました。しかし、当の才市さんは納得いきません。それは「自分はこんな仏様のような穏やかな顔をしている人間ではない。自分は何かあれば人を排除して亡き者にしようとする鬼のような心がある。」というものです。

そこで、才市さんは完成した絵に鬼の角をつけ足して書いてもらうことにしました。そして完成した絵を見て、これが自分の姿だと満足しました。

そこで、自分の姿を鬼だと聞くと、そういう目線で生きていくのは大変つらいことのように思います。しかし、浅原才市さんは念仏申しながらとても生き生きとした生活を送っていたようです。

「これ才市どこにおるか浄土もろうて娑婆におる、それがよろこびナムアミダブツ」

阿弥陀仏の本願通りに救われてみると、自分自身は浄土往生が定まる身となります。そのことを「浄土もろうて娑婆におる」と言われています。

自身が鬼であるということは変わりませんが、堪忍土ともいわれるこの娑婆世界がそのまま浄土往生する身として生きる場となります。

阿弥陀仏の本願は、私のような自分中心にしかものごとを捉えることが出来ない鬼のような者を救う為に建てられたものです。その私を現在ただ今救って浄土往生定まる身にして下さいます。鬼のような自分が生きているままが、浄土へ向かう人生となるのですから、生きることも有り難く、また死んでいくこともまた有り難いことだと言えるようになります。それを「それがよろこびナムアミダブツ」と言っています。節分で鬼を外に追いやらなくても、自分が鬼でも「浄土もろうて娑婆におる」という身に救われて下さい。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】節分の日「鬼は外」に思うこと2020年02月03日 00:02

2月3日は節分の日です。近年では、豆まきよりも恵方巻きを食べる日になっている感じもします。

それでも、全国各地で「鬼は外、福は内」の掛け声とともに豆まきが行われます。鬼を外に追い払い、福を内に呼び込もうというのが、その掛け声の意味です。

鬼は外と言って、鬼が外に出て行けばよいのですが、自分自身が鬼だとしたらどうでしょうか?

浄土真宗を開かれた親鸞聖人は、ご自身の姿を振り返った和讃をいろいろと書き残されています。

一つ紹介します。

悪性さらにやめがたし

 こころは蛇蝎のごとくなり

 修善も雑毒なるゆゑに

 虚仮の行とぞなづけたる(悲歎述懐和讃)

我が身の悪性というのは全く止められることもなく、心は蛇蝎のような恐ろしい心しかない。また、善を修めても毒の雑じった善であるから、ウソ偽りの行と名づけられているというものです。

もちろん親鸞聖人は、ご自身を振り返って仰っていることであり、第三者から見てもこういう方だったということではありません。しかし、親鸞聖人に限らす自分自身をよくよく振り返ってみると人に明言できるほどまことの心をもっているとは言えないのが私です。

常に自己中心的にものごとを考えて、自分に反対する人間は排除しようとするのは鬼の姿です。その発想から、鬼を自分の家から排除しようというのが「鬼は外、福は内」です。

しかし、自分以外の鬼を外へ追いやり、福を内に招いたところで、自分自身が鬼であればやはり自分の家は鬼の住み家となってしまいます。鬼の姿では生きていても苦しいだけと思われるかもしれませんが、そういう私が救われる道を教えられたのが浄土真宗の救いである阿弥陀仏の本願です。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。