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七尾市方面からの納骨堂のご利用・墓じまいについて2021年04月25日 17:04

能越道の無料化以降、七尾市はじめ能登方面からご納骨・葬儀法要・法話のご縁をいただくことが多くなっております。

(七尾方面から当納骨堂への最寄りインターは能越道福岡インターです)

そこで納骨堂のご利用に関して、七尾市民や七尾市内に墓地がおありになる方の納骨堂のご利用の流れを記させていただきます。

※一般の納骨堂ご利用の流れ

1)光顔寺納骨堂のご契約(納骨予定者様が生存中・死後を問いません)

2)クーリングオフ期間後の日程で納骨法要のご予約

3)埋葬許可証(火葬証明書)とご遺骨を持参され、納骨

※墓じまいを伴う納骨堂ご利用の流れ

墓地や納骨堂などに埋蔵・収蔵されている焼骨や遺体を、他のお墓へ移動することを「改葬」といいます。市内の墓地などから他のお墓へ改葬する場合は、市へ申請の手続きを行い、許可を受けなければなりません。      (墓地、埋葬等に関する法律第5条)

1)光顔寺納骨堂のご契約

2)光顔寺納骨堂から受け入れ証明書を発行

3)七尾市市民生活部環境課(電話番号:0767-53-8421)に光顔寺納骨堂の受け入れ証明書を添付し、改葬許可申請をする

4)七尾市より改葬許可証を受け取る

5)墓じまいの業者様の選定&契約

6)墓じまいの法要を行う(菩提寺がない方は光顔寺に依頼することもできます)

7)クーリングオフ期間後の日程で納骨法要のご予約

8)改葬許可証とご遺骨を持参され、納骨

(墓じまい業者様が遺骨を持参する場合は事前に日程連絡をお願い致します)

参考: 墓地、埋葬等に関する法律 (リンク)

【仏教ブログ】桜の花と花まつり2021年04月08日 00:04

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

4月は桜の季節ですが、仏教では花まつりのある月です。

花まつりとは、お釈迦さまが誕生されたのが旧暦の4月8日とされているところから、4月8日に各地の寺院で開かれています。

お釈迦さまが誕生された時、天から神々が降りてきて甘露の水を濯いで祝福し、花が降ってきたとされているところから花まつり、潅仏会と言われています。

仏教で桜の花というと、世の無常を思う人もおられるでしょうが、祝福の花が咲いていると見ることもできます。

浄土真宗では、お釈迦さまのことを「教主」として尊敬をいたします。「教主」というのは、教法の主という意味で教えを説いた方という意味です。私を助ける力のある仏様は、阿弥陀仏であると教えてくださったのがお釈迦さまです。

そのように親鸞聖人は正信偈の中で以下のように言われています。

如来所以興出世 唯説弥陀本願海

(如来世に興出したもうゆえんは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。)

お釈迦さまがこの世に出られたのは、ただ阿弥陀仏の本願を説くためであったと書かれています。

阿弥陀仏の本願とは、本願を信じ念仏するものを必ず浄土に往生させ仏にしてみせるというものです。浄土真宗での「救い」とは、この阿弥陀仏の本願によって救われることをいうので、阿弥陀仏は救う仏さま(救主)といわれます。

しかし、そんな阿弥陀仏の本願も教えてくださる方が現れなかったら、私が救われるということはありません。その意味で、お釈迦さまが誕生されたということは大変有り難いことであり、祝福すべきことなのです。

満開の桜や舞い散る桜を見るときに、お釈迦さまが誕生され、その教えによってまた私も救われるのならば、桜の花は祝福のために咲いたものだといえます。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】桜は散ると見るか咲くと見るか2021年04月01日 00:04

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

今年も桜の季節がやってきました。しかし、コロナ禍の影響で、みんなで集まって花見ということはできません。花見の名所では、人が花見で宴会を開かないように柵を作ったところもあると聞きます。花見でみんなで集まることはできなくても、日本人にとって桜は特別な花で、今日は「桜ソング」というジャンルがあるほど桜をテーマにした楽曲は多く作られています。

卒業シーズンと桜の開花時期が重なることもあり、いろんな人との別離や環境の変化がそのテーマになっています。

古くは小倉百人一首の中には、六首も桜の歌が選ばれています。その中から一首を紹介します。

花さそふ 嵐の庭の雪ならで 

 ふりゆくものは わが身なりけり(入道前 太政大臣)

(花を誘って散らす嵐の吹く庭は雪のように花が降っている。しかし、本当にふりゆくものは、雪に見える花ではなくこの我が身だった。)

春の嵐という言葉もあるように、桜の時期になるとしばしば強い雨風が吹き荒れる日があります。それまで満開だった桜の花もあっというまに散ってしまいます。その有り様から、この歌に限ら桜の歌は、散りゆく桜と変わりゆく自分の姿を重ねたものが多く有ります。

昨年来のコロナ禍もあって桜を見て心躍る人もいる一方で、散りゆく姿に自分も含めていろんな人の顔が浮かぶ人もあると思います。

浄土真宗の親鸞聖人は、9歳で出家されるました。出家得度の式の日、事情で開始が遅くなり、夜も遅くなったし疲れただろうから明日にしてはどうかと促されたところ以下の歌を詠まれたと言われています。

明日ありと思う心のあだ桜

 夜半に嵐の吹かぬものかは

明日という日は桜が一晩で散ってしまうように当てにならないから、今日得度をしてしてもらいたいとの願い出に、その日の内に得度をされたと言われています。

桜の花を見て、自分も散ってしまうのだなと寂しく思うのか、それともだからこそ本当にやらねばならないことに力を尽くそうと思うのかは、何を判断基準にするかによって変わります。

やがて必ず花は散りますが、花咲く世界があると教えられているのが仏教です。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。