仏教ブログ

平成から令和へ。時代の変化と仏教について。2019年05月01日 15:05

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

本日、2019年05月01日に平成から令和へと元号が変わりました。そのため、2019年に入ってからは「平成最後の」とか「平成30年を振り返る」という言葉をよく目にするようになりました。また、新元号が発表された日は新聞の号外を奪いあうように手にする人の姿も報道されていました。

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そのような現状を見ると元号が変わるというのは、日本人にとって一つの時代の区切りから何か変わるような感じもします。しかし、西暦で言えば2019年の4月から5月に変わっただけで、一個人の人生に何か変化があるということはありません。

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しかし、仏教ではある時代の区切りが仏教の教えを聞き救いを求める人にとって大変大きく変わってきました。

それが、「三時説」と言われるものです。三時というのは、お釈迦さまがこの世を去られた後に、時間の経過によっていろいろと変わってくることを、三つの時代の区分によってあらわされたものです。

その三つとは、「正法(しょうぼう)」「像法(ぞうぼう)」「末法」のことです。

正法とは、お釈迦さまがこの世を去られてから500年(1000年説もあり)のことで、お釈迦さまの教えもあり、それを実践(修行)する人もあり、証(さとり)を開く人もいる時代です。

像法とは、正法の後1000年の間のことで、お釈迦さまの教えも、実践する人もいるけれども、証を開く人がいなくなる時代です。

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末法とは、像法の後、1万年の間をことで、お釈迦さまの教えは有るけれども、実践する人も、証を開く人もいなくなる時代のことです。

現代は、それでいえば末法になります。しかも、末法になって随分時間がたっています。しかし、正法から像法に変わる時、また像法から末法に変わった時の仏教徒の心中を考えると、とても大きな変化があったに違いありません。なぜなら、証をひらくことが出来なくなったと言うことですから、言い方を変えると「仏教で救われない」ということになるからです。

浄土真宗を開かれた親鸞聖人も、その時代の変化による危機感を大変強く持っておられた方でした。末法の世に、自分が救われる道が果たしてあるのだろうかということを真剣に悩まれていました。そこで、当時修行もできない末法の世の人間が救われる道は、南無阿弥陀仏の救いしかないと説かれる法然聖人にであわれて、南無阿弥陀仏による救いにあわれました。

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教えを聞き、その通りに実践し(出家や厳しい修行)、証をひらく道を法然聖人は「聖道門」と言われました。ある限られた人しか進むことが出来ないという意味です。それに対して「浄土門」はどんな人でも救われる道です。ですから、どれだけ時代が変わっても、元号が変わっても、変わらずどんな人も救われる法が、南無阿弥陀仏の救いであると示されたのが親鸞聖人です。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

桜の花と仏教2019年04月06日 21:04

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

4月と言えば桜の季節です。

日本人は特に、桜の花が大好きで各地で花見が行われています。また桜の名所にはたくさんの人が桜を見に出かけています。実はこの仏教と桜というのはわりと深い関係があります。

それといいますのは、桜はパッと咲いてパッと散る、いわゆる無常の象徴として語られているからです。

日本の有名な僧侶が詠んだ歌の中で有名なのは、江戸時代の良寛(曹洞宗)の歌です。

散る桜  残る桜も  散る桜

花見シーズンも少し遅れると、桜は満開からどんどんと散っていきます。こちらの桜はまだ残っていると思っても、その桜もまた散っていく桜なのです。この世に散らない桜はないように、変わらないものは何もない・死なない人も一人もいないという歌です。

無常というのは、常がないと書きます。いつまでも変わらないもの、いわゆる常なるものはないというお釈迦様の教えから出てきた言葉です。これには例外がないので諸行は無常なりと言われます。

春というのは、卒業、入学、就職、転勤などで今までいた環境から大きく変わる人も多い季節です。勤めていた会社を定年となり、今は自由言う方も多いかもしれません。

その様にいつまでも、この日が続いていくと思っていたものも、いつか終わりが来るというのを知らされるのがこの春という季節です。

それを象徴するかのように日本中で咲いているのが、桜の花です。しかし、桜に象徴される「散る」ということは、やはり人の命のことです。「この私」というものも、昨日の桜が今日にも散ってしまうように、今日残った桜もやがて散ってしまうように、いつまでも変わらないものではありません。

お葬式の場面でも、葬儀の参列者もいつかは、自身の葬儀を誰かにしてもらうのは間違いのないことです。また、その自分の葬儀を執り行ってくれる人もまた必ず送られる側になります。

諸行は無常ですから、それを超えた世界を浄土真宗では、浄土と示されています。その浄土往生の道を聞いて頂きたいと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

アメリカの仏教徒「ナイトスタンド・ブディスト」とは2019年03月21日 15:03


光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

前回アメリカの仏教事情について書きました。現在では約350万人が仏教徒と言われています。しかし、それだけではなく自分のことを仏教とのポジションをしなくても仏教のことをよく勉強している人々がいます。自分で仏教の本を読んだり、つつ瞑想したり、講演会に行ったりしている人々のことです。それらの人のことは「ナイトスタンド・ブディスト」と呼ばれています。

ナイトスタンドというのは寝室にある電気スタンドのことです。夜寝る前に本を読んで、翌朝瞑想するという形態をとっている人です人々です。これらの人は、約200万人いると予想されています。大体、仏教徒と自称する人が350万人とされているのでかなりの数だと思います。

フリー写真 読書している女性と光る本とバラまかれたページ

さらに、2004年の調査では仏教に強く影響を受けているという人は2500万人になります。(※参照)

アメリカの著名人の中でも、仏教徒は複数います。例えば、俳優のリチャード・ギアは熱心なのチベット仏教てです。また、iPhoneを作ったことで日本人にもなじみの深いスティーブ・ジョブスは「ナイトスタンド・ブディスト」でした。

しかし、これはアメリカだけの話ではないと思います。現在の日本も、その状況に近いのではないでしょうか?日本は、現在定期的にお寺の法座に足を運ぶ人もいますが、それらの人だけが仏教に影響を受けた人だとは思いません。日本という環境で育つ中で、仏教に影響を受けて育った人はアメリカよりもずっと多いです。また、個人的に仏教に関係した本を読んでいる人もかなりあります。

日本にもいる「ナイトスタンド・ブディスト」も、自分自身の問題として仏教を学んでいます。自らが、生きていくこと、死んでいくこと、それをどうやって離れていくかを問題にして仏教に学んでいます。

ただ、自身で学ぶことも大事ですが、アメリカと違い日本では近い場所にお寺があり、また法話も定期的に開かれています。そこで、また直接話を聞いて頂きたいと思います。

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参考文献 (※参照)

ケネス・タナカ著「多様化する現代社会と浄土真宗 グローバルな視点より」

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

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1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

「仏教徒」が増えている国とその理由2019年03月04日 10:03

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

仏教と聞くと、現代人にとって接点があるのは身内の葬式や法事の時くらいという人も多いです。そのため、死ぬことを意識するまでは自分にとっても縁遠いものと思われる人も多いのが現実です。しかし、実は仏教の教えは生きている私にとって身近なものであり、大切なものとなっています。

今日「仏教徒」が一番増えている国はどこだか御存知でしょうか?それはアメリカです。ここ20年くらいでその数は増えてきて、やがてユダヤ教を超えてキリスト教に次ぐ第二の宗教になるだろうといわれています。では、アメリカの仏教徒は身内の葬儀のためにあるいは、法事をしてもらうために仏教徒になるのでしょうか?もちろんそうではありません。彼らは、自分のために仏教の教えを求めています。

では、仏教の教えのどこに惹かれているのでしょうか?アメリカでの仏教はそれこそ世界中の仏教宗派が参加して教えを弘めています。それらに、共通している教えは、「生死の問題を解決して生きる」という点です。

もちろん、浄土真宗も「生死の問題を解決する」こと教えられています。浄土真宗を開かれた親鸞聖人は9歳で出家されて比叡山で20年間御修行をされました。では、何を求めてそのようなことをされたのでしょうか?それも「生死の問題を解決」するためです。親鸞聖人御自身で書かれたものではありませんが、奥様が書き残された手紙には「生死出づべき道」と書かれています。

仏教では、私たちは生まれては死に、生まれては死にを繰り返す存在であると教えられます。それを「生死」といいます。それに無関係な人はいません。

その果てしない生死を離れて、さとりをひらくのが仏教の教えです。親鸞聖人も、それを求めて出家をされました。

浄土真宗では、その生死を出るには、阿弥陀仏の本願によらねばならないと教えられます。生死を離れて、浄土に往生し仏のさとりを開くというのが、浄土真宗の救いです。誰でも救われる教えであると教えていかれた方が親鸞聖人です。

(写真は本願寺ハワイ別院です)

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

恵方巻きとお釈迦さまの教え2019年02月16日 16:02

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

早いもので、もう2月も半ばを過ぎました。新年を迎えたと思っていたら、もう2月です。

私が生まれた場所では「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」と言って、月日が過ぎるのが早いことを言っていました。

少し時期が過ぎましたが、ここ何年かのことですが「節分」と言えば「豆まき」から「恵方巻き」に変わりました。それが行きすぎて、恵方巻きの大量廃棄がニュースで取り上げられていました。食べ物を粗末にしないようにしたいものです。

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ところで、ここで「恵方巻き」の話を出したのは、毎年語られる「恵方」についてです。「恵方」とは、「縁起のよい方向」と言われています。しかし、実は仏教ではそのようは「恵方」はないと、お釈迦さまは教えられています。

その教えを受けて、浄土真宗でも「恵方」ということはいいません。実際に、本願寺派では再興の祖と言われる蓮如上人はそのお手紙にこう書かれています。

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まづ『涅槃経』にのたまはく、「如来法中無有選択吉日良辰」といへり。この文のこころは、「如来の法のなかに吉日良辰をえらぶことなし」(御文章1帖目9通)

−−−−−−

現代文でいうと、以下のようになります。

「涅槃経にこうあります。「如来の法のなかに吉日良辰をえらぶことなし」意味を言えば、お釈迦さまの教えには日の善し悪しを問われません。」

——

加えて言えば、方角の善し悪しもいわれません。つまり、「恵方」についてはお釈迦さまは否定されています。

方角の善し悪しについては、日本でも平安時代は「方違え」といって、方角が悪い日は貴族は朝廷への出仕をしなかったそうです。しかし、これは陰陽道からきた説で仏教と関係はありません。

なぜ、仏教でそのようなことをいうのかといえば、私の幸不幸に関しては、お釈迦さまは「方向の善し悪し」では決まらないと教えられたからです。さらに言えば、生まれながらに持った「運命」というものも否定されています。

では、何によって私の身に起きる様々なことが起きるのかと言えば、「自業自得」と教えられます。恵方によって決まるのではなく、自分の行為によって決まるのだとと教えられています。

もちろん浄土真宗の教えでも「救い」は日の善し悪しや方角で決まるものではありません。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

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1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

「成人の日」と「成仏の日」2019年01月26日 17:01

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

早いもので、年が明けたと思ったらもう1月も終わりです。1月といえば、成人の日がありました。御自身や、お子さん、お孫さんで今年が成人式だったという方もあるでしょう。

成人とは、文字通り「成長して一人前の人間になること」をいいます。現在は、法律で20歳から成年という扱いにになります。この法律も、改正され2022年4月からは18歳から成年となります。

私自身を振り返ってみても思うことですが、20歳になったからと言って突然「一人前の人になった」という感じはありません。

これは、年齢に限らず、人間は生まれながらにして成人という人はありません。誰しも生まれた頃は赤ん坊です、それがだんだんと大きくなり、やがて一人前の大人となります。

それに対して、「成仏」というのはどうでしょう。成仏とは、文字通り「仏に成る」ということで、仏のさとりをひらくことです。

「あなたの成人の日は?」と聞かれれば、「20歳の1月第2月曜日」と答えることと、思います。では「あなたの成仏の日は?」と聞かれればどうでしょう。

「私が仏のさとりをひらくことなんてあるのかしら?」と思う方もあると思います。確かに、生まれながらに成人がいないように、生まれながらに仏のさとりをひらいている人もありません。

実際、仏教を説かれたお釈迦さまも、生まれながらの仏ではありませんでした。29歳で出家をされてから、さまざまな修行をされ35歳の12月8日に仏のさとりを開かれました。ですから、お釈迦さまの「成仏の日」は「35歳の12月8日」となります。

そこで、お釈迦さまは「あなたも仏のさとりをひらくことが出来ますよ」ということで教えられたのが今日の「仏教」です。ですから、「仏教」とは「仏になる教え」とも読みます。

「仏のさとりを開く」というのは、仏教で言う迷いを離れてもう迷わない身になることをいいます。しかし、そう聞くと「出家して修行しないとなれないのでは?」と思う方もあると思います。

浄土真宗では、出家したり、修行ができないような環境の人でも阿弥陀仏の本願によって生きている間に浄土往生が定まります。そして、その人がこの世の命が終われば速やかに浄土に往生して仏のさとりをひらくというものです。

浄土真宗の教えによって「浄土往生が定まった人」にとっては、「成仏の日」とはすなわち、その人がこの世の命を終えた日ということになります。そのように、なって頂きたいという教えが浄土真宗の教えです。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

年始に思うこと2019年01月07日 21:01

年が変わりました。みなさん明けましておめでとうございます。

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

とはいっても、この記事も公開は1月1日から何日か経っていますので、すでに仕事にみなさん入られていることかと思います。

年が改まると心機一転ともいいますか、気持ちがリセットされる方も多いと思います。昔から「一年の計は元旦にあり」といいまして、元旦に今年一年の目標を立てようという人もあります。しかし、この言葉はこれ単体ではなく、実際はもっと長くて以下のものです。

「一日の計は朝にあり、一年の計は元旦にあり、一生の計は少壮の時にあり。」

※少壮(しょうそう)=若くて元気のよいこと。また、その年頃。

「計」というのは、「計画」の「計」です。自分で「こうなりたい」というものを立てるということになります。「一日の計」だと、考えやすいです。「今日はこういう仕事をしよう」とか「今日までにここまで終わらせよう」「今日はここに行こう」というように具体的なものがあります。

しかし、「一年の計」といわれるとどうでしょう?受験生なら「志望校に合格」とか、仕事を持っている人は「今年にはここまでいきたい」なとあるでしょう。

それでは、「一生の計」といわれたらどうでしょう?「わたしの人生」として考えた時、本当にしたかったことは何でしょうか?「一生過ぎやすし」(蓮如上人 御文章より)と言われます。人生100年時代と言われていますが、仮に100歳まで生きたとしたら、今の年齢と照らし合わせて見るとあと○○年あることになります。10歳の方は90年(略)60歳の方は40年、70歳の方は30年、80歳の方は20年あります。

そう言われると、何だか焦る気持ちが出ては来ないでしょうか?「あと○○年で出来ることって何だろうか?」と考える人もあると思います。しかし、その「○○年で出来たこと」も、何時かは置いて行かねばならない日が来ます。

それを蓮如上人の御文章に以下のように書かれています。

「まことに死せんときは、かねてたのみおきつる妻子も財宝も、わが身にはひとつもあひそふことあるべからず。されば死出の山路のすゑ、三塗の大河をばただひとりこそゆきなんずれ。」(蓮如上人御文章1帖目11通)

(いよいよ死んでいかねばならないときは、それまでたよりにしていた妻子も財産も、私についてきては暮れません。死んだ先にはたった一人で行かねばなりません。)

そう考えると「親のため」「子供のため」「孫のため」と頑張ってきたものは残りますが、「わが身にはひとつもあひそふことあるべからず」ということになります。「私には何も残らない」ということです。

もちろん「自分のことはどうでもいい」という人もあると思いますが、本当にそれでいいのでしょうか?仏教では「仏のさとりをひらく」のが、仏教の目的です。誰のためでもなく、私自身がこの生死を離れて仏になるという教えです。

一年の計は「生死を離れて仏になる」と言うのがいいのではないかと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

仏教は誰のため?父の葬儀を通して2018年12月18日 16:12

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。
今回が、初めての投稿になります。よろしくお願い致します。

こちらは「仏教ブログ」ということで、浄土真宗に限定しない形で、仏教に少しでも関心を持たれた方にむけた形で書いていきたいと思います。講座や講義のような形ではなく、御自身の実生活によりそった内容を目指していたいと思います。

そこで、第一回目は「仏教は誰のため?」ということについて書いていきます。
このような内容について書くのは、寺の役員をされているような方を除くと、多くの人に取って「仏教」「寺」「僧侶(または住職)」とは、自らが喪主なるとき以外は接触がないのではないでしょうか?

私個人の経験を書きますと、私の父は2015年1月に脳幹出血で午前6時頃倒れて、同日18時には息を引き取りました。私は長男でしたが、親戚も含めて最初に問題になったのは「どこの寺に電話したらいいの?」でした。といいますのも、私の父親は出生地を離れて、自営業を始める為に市街地に引っ越して店を構えていたからでした。先祖代々お世話になった寺は跡継ぎはなく、過疎化で別の寺の住職が兼任するという状態でした。

そこから親戚があちこち調べて葬儀を含めてお世話になる寺を調べて電話をしました。その後、通夜、葬儀、火葬、49日の法要、納骨と続きました。

この文章を読まれている方で、喪主になられたり、また身近な方の葬儀に参列された方もあると思います。そういう「葬儀の当事者」にとって「仏教」「寺」「僧侶(または住職)」は、「亡くなられた方のためにあるもの」と思われる方も多いかも知れません。

実際私も、亡父の葬儀の喪主としていろいろと関わってきて見えてきたことは、ほぼ全員といっていいくらい「仏教」「寺」「僧侶(または住職)」は、「亡くなられた方のためにあるもの」と思われているのだなということでした。

言い替えると「まだ死んでもいない自分には関係ないもの」と思われる方も多いということです。ですから、葬儀に関係して「あの一連のことはどういう意味があったのだろう?」と思われている人もあるかもしれません。

ここで、結論をいいますと仏教とは「死んだ人のためではなく私のための」「死んでからではなく今の」ものです。

そういうことを中心に「仏教は私のためのものだったのか」と知っていただきたいと思って今後このブログに書いていくので宜しくお願いいたします。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

仏教アドバイザーに就任いたしました2018年12月16日 11:12

今般、光顔寺の仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)に就任いたしました。

私は1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信しました。
その後、親鸞会講師部員となり10年間親鸞会講師として活動をしました。

その後、2008年末に「親鸞会講師部を辞めるなら1000万円支払う誓約書を書け」の話が出て、さすがにこの団体にはついていけないと感じて脱会しました。

脱会に際し、教義の疑問というのは意外に思われるかも知れませんが、それほどなかったのが実態です。私の場合は脱会した(正確には除名処分をうけてはじき出されて)から、いろいろ勉強して教義の誤りに気がついたというものです。

「なんとなくおかしい」くらいには感じていましたが、「絶対に違う」とまでは思っていませんでした。また、そうでなければ10年間講師部員でありつづけることはできませんでした。それだけ、外部情報と遮断されていたのでその状態で「教義がおかしい」と断言できるような物差しが当時の私にはありませんでした。
譬えていうと、太平洋戦争中に大本営の情報にしか触れていないかつ、空襲もうけていない地域の一市民が、「日本は負ける」と思わないようなものです。

ただ、なんとか救われよう という気持ちがふと起こされて、御文章だけをたよりにしていたような状況でした。
御文章を真剣によんでいくと「なんのやうもなく」など、正直よくわからない表現が気になりじたばたしていたので、そのころは親鸞会の教義=浄土真宗でしたのでさして疑問は起きていませんでした。

ただ、御文章によって救われてみると、組織の異常な状態にはつねづね疑問をもっていたので、「1000万円の誓約書」の話が出た時に、完全にもう辞めようと踏ん切りがついたというものです。

その後は、主に本願寺派の教えを中心に学んでいます。
とはいえ、私は僧籍を取ってはいません。

その理由は、かつて「親鸞会」という組織の論理にふり回されてきたからです。組織の大小に関わらず、組織を作ると「組織の論理」というものが働いてきます。もちろん、組織には良い面も有るのですが、私個人としては組織に属する生き方はしないと考えています。

そんな私ですが、本願寺派光顔寺の信徒として、非常勤スタッフとて活動をさせて頂けるのは大変な喜びです。個人的には、多くの人に浄土真宗の教えを知っていただきたい、浄土真宗の救いにあって救われて頂きたいと思って山口を中心に全国で活動しています。

そんな私ですが、宜しくお願いいたします。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。