仏教ブログ

【仏教ブログ】桜の花と花まつり2021年04月08日 00:04

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

4月は桜の季節ですが、仏教では花まつりのある月です。

花まつりとは、お釈迦さまが誕生されたのが旧暦の4月8日とされているところから、4月8日に各地の寺院で開かれています。

お釈迦さまが誕生された時、天から神々が降りてきて甘露の水を濯いで祝福し、花が降ってきたとされているところから花まつり、潅仏会と言われています。

仏教で桜の花というと、世の無常を思う人もおられるでしょうが、祝福の花が咲いていると見ることもできます。

浄土真宗では、お釈迦さまのことを「教主」として尊敬をいたします。「教主」というのは、教法の主という意味で教えを説いた方という意味です。私を助ける力のある仏様は、阿弥陀仏であると教えてくださったのがお釈迦さまです。

そのように親鸞聖人は正信偈の中で以下のように言われています。

如来所以興出世 唯説弥陀本願海

(如来世に興出したもうゆえんは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。)

お釈迦さまがこの世に出られたのは、ただ阿弥陀仏の本願を説くためであったと書かれています。

阿弥陀仏の本願とは、本願を信じ念仏するものを必ず浄土に往生させ仏にしてみせるというものです。浄土真宗での「救い」とは、この阿弥陀仏の本願によって救われることをいうので、阿弥陀仏は救う仏さま(救主)といわれます。

しかし、そんな阿弥陀仏の本願も教えてくださる方が現れなかったら、私が救われるということはありません。その意味で、お釈迦さまが誕生されたということは大変有り難いことであり、祝福すべきことなのです。

満開の桜や舞い散る桜を見るときに、お釈迦さまが誕生され、その教えによってまた私も救われるのならば、桜の花は祝福のために咲いたものだといえます。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】桜は散ると見るか咲くと見るか2021年04月01日 00:04

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

今年も桜の季節がやってきました。しかし、コロナ禍の影響で、みんなで集まって花見ということはできません。花見の名所では、人が花見で宴会を開かないように柵を作ったところもあると聞きます。花見でみんなで集まることはできなくても、日本人にとって桜は特別な花で、今日は「桜ソング」というジャンルがあるほど桜をテーマにした楽曲は多く作られています。

卒業シーズンと桜の開花時期が重なることもあり、いろんな人との別離や環境の変化がそのテーマになっています。

古くは小倉百人一首の中には、六首も桜の歌が選ばれています。その中から一首を紹介します。

花さそふ 嵐の庭の雪ならで 

 ふりゆくものは わが身なりけり(入道前 太政大臣)

(花を誘って散らす嵐の吹く庭は雪のように花が降っている。しかし、本当にふりゆくものは、雪に見える花ではなくこの我が身だった。)

春の嵐という言葉もあるように、桜の時期になるとしばしば強い雨風が吹き荒れる日があります。それまで満開だった桜の花もあっというまに散ってしまいます。その有り様から、この歌に限ら桜の歌は、散りゆく桜と変わりゆく自分の姿を重ねたものが多く有ります。

昨年来のコロナ禍もあって桜を見て心躍る人もいる一方で、散りゆく姿に自分も含めていろんな人の顔が浮かぶ人もあると思います。

浄土真宗の親鸞聖人は、9歳で出家されるました。出家得度の式の日、事情で開始が遅くなり、夜も遅くなったし疲れただろうから明日にしてはどうかと促されたところ以下の歌を詠まれたと言われています。

明日ありと思う心のあだ桜

 夜半に嵐の吹かぬものかは

明日という日は桜が一晩で散ってしまうように当てにならないから、今日得度をしてしてもらいたいとの願い出に、その日の内に得度をされたと言われています。

桜の花を見て、自分も散ってしまうのだなと寂しく思うのか、それともだからこそ本当にやらねばならないことに力を尽くそうと思うのかは、何を判断基準にするかによって変わります。

やがて必ず花は散りますが、花咲く世界があると教えられているのが仏教です。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】あれから10年を振り返って2021年03月11日 02:03

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

東日本大震災から10年立ちました。歳を重ねるごとに、10年という年月を聞いても、つい最近のことのように感じられます。これから先の10年は過ぎてみたらもっと短く感じることでしょう。その間、自分自身は何も変わらないまま時間だけが過ぎているのではもったいないことだと蓮如上人は言われています。

https://2.bp.blogspot.com/-RH4zpBzVSrE/WEOPZF-6qVI/AAAAAAABALk/a_c3wsjkyhwlSOMVtpzdWWunNLiTKkTlACLcB/s800/neet_woman2.png

前回紹介した御文章を少し前の部分も含めて紹介します。

それ、つらつら人間のあだなる体を案ずるに、生あるものはかならず死に帰し、盛んなるものはつひに衰ふるならひなり。さればただいたづらに明かし、いたづらに暮して、年月を送るばかりなり。これまことになげきてもなほかなしむべし。このゆゑに、上は大聖世尊(釈尊)よりはじめて、下は悪逆の提婆にいたるまで、のがれがたきは無常なり。しかればまれにも受けがたきは人身、あひがたきは仏法なり。(御文章3帖目4通)

人間のはかない姿をよくよく考えてみると、生きているものは必ず死んでいき、若いものも最後は衰える習いである。だからただ虚しく夜明けを迎え、ただ日が暮れて、一ヶ月一年と日を送るばかりである。どんな人も死を逃れることはできない。

そんな中、なかなか人として生を受けることできない、また仏法を聞くことはさらにないことである。と言われています。

ここで「いたづらに明かし、いたづらに暮し」と言われているのは、「何もせずにぼーっと生きている」ということではありません。例えば、東日本大地震から10年間を振り返るとそれぞれ色んなことがあり、そこで時には笑い、時には泣いてきたことと思います。しかし、よくよく考えてみるとただ歳を重ねた以外には何も変わらない自分がいるのではないでしょうか。

https://1.bp.blogspot.com/-JBS94CyHCdk/Uyk_HvFJfqI/AAAAAAAAeMA/7Henae-H-xI/s800/album_family.png

年を重ねること自体は自然なことですが、問題はいつまでも生き続けることは出来ないということです。死んでどこへ行くかも分からないまま命を終えても、それで終わりではないと仏教では教えられています。それを生死流転とか、流転輪廻といわれます。いろいろな姿に生まれては死にかわりを繰り返し、それに際限がない状態です。

その生死から離れる道を教えられたのが仏教です。浄土真宗では、生死を離れ、浄土に往生し仏になることが、阿弥陀仏の救いだと教えられています。その救いにあう人生は、いたづらに過ぎるものではなく、有り難いものに変わっていきます。どうかこの教えにあって頂きたいと思います。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】東日本大震災から10年 無常について2021年03月01日 12:03

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

東日本大震災からこの3月で10年になります。この記事を読まれている方の中にはご本人あるいはご家族や友人、知人で被害に遭われた方もあると思います。当事者の方には、改めてお見舞い申し上げます。

仏教では諸行無常と教えれていますが、それをまざまざと知らされたのが東日本大震災でした。この10年間の間にも、大規模な津波こそないものの、地震や台風などの自然災害は相次いで起きています。

こうすれば大丈夫と思っていても想定していないことが起きます。改めてそのことが読売新聞2021年2月26日付朝刊に掲載されていたので一部紹介します。

岩手県下閉伊しもへい郡田老町は、1896年の明治三陸津波で1859人の命が奪われ、1933年の昭和三陸津波でも911人が犠牲になった町でした。

二度と犠牲を出さないために、町は巨大な防潮堤を建設しました。

以下読売新聞より。

ーーーー

78年度に、高さ約10メートル、全長約2・4キロの巨大なX字形の防潮堤が完成した。「夜でも逃げやすいように」と、街も碁盤目状に造り替えられ、山際には避難階段が整備された。年1回の避難訓練にも力を入れ、ハード・ソフト両面で防災対策を講じてきた。

 国内外の研究者たちから注目を集める町になった。防潮堤は、いつしか万里の長城と呼ばれるようになった。

https://www.yomiuri.co.jp/shinsai311/feature/20210221-OYT1T50124/

ーーーー

しかし、昭和三陸津波から78年後の東日本大震災では、津波によって181名の犠牲者がでました。その中には「防潮堤があるから大丈夫」と考えて避難をしなかった人もおられたそうです。

その中の一人、佐々木正夫さん(当時82歳)は防災行政無線が津波の高さを3メートルと知らせたのを聞いて避難することを拒否しました。

ーーーー

 「高台に行くべし」。トモさんは再三説得したが、正夫さんは玄関に座ったまま、「防潮堤を越えるわけがない」と腰を上げようとしない。腕も引っ張ったが、「うるさい」と腕を振り払われ、扉を閉められ鍵もかけられてしまった。(読売新聞より)

ーーーー

https://4.bp.blogspot.com/-4BAiAVIidOU/UxbLZftjOjI/AAAAAAAAd9U/SLisc1LNh6g/s800/ganko_oyaji.png

正夫さんは約3週間後、津波で約130メートル流された自宅の中で見つかったとのことでした。

とっさのときの判断と行動の違いで。生きるか死ぬかの違いが分かれてきます。しかし、災害を逃れることができても、死ななくなったのではありません。どんな人にも必ずやってくるのでそのことを忘れてはならないと蓮如上人は御文章に書かれています。

このゆゑに、上は大聖世尊(釈尊)よりはじめて、下は悪逆の提婆にいたるまで、のがれがたきは無常なり。しかればまれにも受けがたきは人身、あひがたきは仏法なり。(御文章3帖目4通)

お釈迦様から、お釈迦様の命を狙った提婆達多まで世の無常から逃れることはできません。どんな人にも例外なくこの世の命は終わりを迎えます。しかし、人間に生まれるということはなかなかないことです、そして生死を離れる道を教えられてのが仏法ですがその教えにあうこともなかなかないことです。

聞くご縁のある人は、そのご縁を大切にしていただきたいと思います。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】煩悩の鬼はそのまま 他力をたのむ2021年02月16日 00:02

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

前回の記事の続きです。

煩悩に縛られて、六道を輪廻するのが凡夫です。その凡夫である私は、煩悩がある限りは六道を離れることは出来ないことになります。ところが、その煩悩は死ぬまでなくならないと親鸞聖人は仰います。

では、阿弥陀仏はどうやってそのような私を救って浄土に生まれさせると言われているのでしょうか?

歎異抄にはこのように書かれています。

煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるを、あはれみたまひて願をおこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もつとも往生の正因なり。(歎異抄第3条)

煩悩具足というのは、煩悩に手足を付けたようなものという意味です。煩悩そのものといっていい私は、どのようなことをしたとしても生死を繰り返す輪廻を離れることができません。それを阿弥陀仏は憐れにおもって、その私を救うという本願を建てられました。

そのため、煩悩具足のものを仏にするのが阿弥陀仏が本願を建てられた本当の心ですから、他力をたのむ悪人が浄土に往生できるのだと書かれています。

ここで、「他力をたのみ」と言われています。煩悩具足の私には、煩悩を無くしたり減らすことによって浄土に往生することはできません。そこで阿弥陀仏は「他力をたのめ」といわれます。「他力」とは、阿弥陀仏の本願力のことをいいます。阿弥陀仏が私を救う為に建てられた本願が、その通りになるように働いている力のことをいいます。

その他力(本願力)は、目には見えませんがただ今も私に働き掛けられています。具体的には南無阿弥陀仏となって働いています。私が南無阿弥陀仏と称える念仏は、全て阿弥陀仏の本願力が私の口から現れているのだと教えられます。では南無阿弥陀仏とは、どう私に働いているのかといいますと「我をたのめ必ず救う」と呼びかけられています。その呼びかけの通りに、まかせることを、他力をたのむといいます。

煩悩という鬼はそのままに、他力をたのむ人は必ず浄土に往生させるというのが阿弥陀仏の救いです。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】自らの胸の中の鬼は追い出せるのか?2021年02月02日 00:02

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

2月2日は節分の日です。「鬼は外、福は内」と言って豆まきがなされています。今年は、コロナ禍で行事そのものを中止にするところも多く、各家庭でされるという方も多いと思います。

鬼とは、地獄の獄卒のイメージが強いので、自分以外のところに鬼は存在すると思いがちです。しかし、それら鬼を自分自身心の中に見いだすこともあります。その場合は、青鬼は貪欲、赤鬼は瞋恚、黒鬼は愚痴のことだと言う人もあります。

そうやって鬼を自らの煩悩に喩えた場合、この鬼を果たして追い出すことが出来るでしょうか?

答えは、追い出すことは出来ないと親鸞聖人は言われています。

「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえずと、水火二河のたとへにあらはれたり。(一念多念証文)

私たちのことを「凡夫」といわれています。凡夫とは、煩悩に縛られて六道を輪廻する者のことを言われています。その凡夫というものは、無明煩悩が身に充ち満ちて、欲も多く、怒り、腹立ち、そねみねたむ心多く途切れる隙もありません。そして、臨終を迎え、息の切れる時までそれら煩悩は、止まらず、消えず、絶えずと水火二河のたとえに顕されていると言われています。

欲の心にしろ、怒りの心にしろ、それらは死ぬ時まで止まることもなく、消えたり、減ったりすることもありません。年を重ねると、それらが少し落ちついたかのように思う人もありますが、それは煩悩をかき立てる縁が少なくなっただけで、縁さえあればどのような心も起きてきます。元々持ち合わせているものは減ることも無いので、どれだけ「鬼は外」と豆をまいても、心の中の鬼は出て行くどころか、減ることもありません。

では、そんな心の鬼を抱えたままで、どうやって六道を離れて浄土に往生することができるのでしょうか?煩悩という鬼はそのままに、私を救って下さるのが阿弥陀仏の救いです。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】「密」を避ける昨今ですが、とても親密なのが阿弥陀仏です22021年01月15日 00:01

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

前回の記事の続きとして書きます。

阿弥陀仏と私は疎遠な関係ではなく、親密な関係です。念仏するものを、摂め取って捨てることはありません。それについて「親縁」ということについて書かれたのが、前回紹介した善導大師の「散善義」のお言葉です。「親縁」とは親しい関係ということです。

一には親縁を明かす。衆生、起行して口に常に仏を称すれば、仏すなはちこれを聞きたまう。身に常に仏を礼敬すれば、仏すなはちこれを見たまう。心に常に仏を念ずれば、仏すなはちこれを知りたまう。衆生、仏を憶念すれば、仏もまた衆生を憶念したまう。

彼此の三業、あい捨離せず(彼此三業不相捨離)。故に親縁と名づくるなり。(定善義)

私が口に南無阿弥陀仏と申すと、いつどこで何回称えたとしてもその全てを阿弥陀仏は聞いておられます。私が阿弥陀仏をいつどこで合掌礼拝しても、阿弥陀仏はそのすべてを見ておられます。私が心に阿弥陀仏をいつどこで念じても、阿弥陀仏はその全てを知っておられるます。

私が阿弥陀仏を思えば、阿弥陀仏もまた私を思っておられます。

このように阿弥陀仏(彼)と私(此)の体の行い、口から出る言葉、心で思うこと(三業)は互いに捨てたり離れることがありません。こういうことから「親縁」といわれます。

人間同士だと、何かを思ったとしても口に出さねば相手に伝わることはありません。また、仮に言葉にしたとしても部屋で一人つぶやいても相手は知ることはありません。相手に近づいて言葉にしないと私の思いは伝わることはありません。

「密」を避けようという昨今では、身体的な距離も、心理的な距離も感じる場面が増えてきました。しかし、阿弥陀仏は南無阿弥陀仏と私に呼びかけられています。その南無阿弥陀仏とは、われをたのめ、必ず救うという阿弥陀仏の救いの喚び声です。

その南無阿弥陀仏を私が聞いて疑い無いことを信心といいますが、その上で、私と南無阿弥陀仏は常に離れずともにあることになります。どんなに一人だと思っても、念仏の摂め取って捨てられません。私を決して一人にしておかれないのが阿弥陀仏です。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】「密」を避ける昨今ですが、とても親密なのが阿弥陀仏です2021年01月01日 00:01

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

年も改まりましたが、昨年来のコロナ禍はいまだ先行きは不透明なままです。それを受けて、2020年のユーキャン新語・流行語大賞は「3密」でした。また2020年の今年の漢字は「密」でした。

新型コロナウイルス感染対策ということで、マスクを着用して人との距離を取るのもすっかり定着してから10ヶ月近く建ちました。以前からの知り合い通しでも、マスクを外して話をしたことがない人が多いです。同居している家族以外は、今まで通りのコミュニケーションが取れなくなりました。

人は孤独な存在ですから、なおさら「密」を避けましょうと言われると、親密な関係の有り難さが知らされます。年末年始に、子供や孫が帰省してこれなくなったことで、それを感じた方も多いのではないかと思います。

家族や知人でも以前より遠いなったような昨今ですから、仏様と聞いてもなおさら自分から疎遠な存在のように思われる人も多いかもしれません。しかし、そうではありません。浄土真宗では、阿弥陀仏と私は大変親密な関係なのだと教えられています。

それが「彼此三業不相捨離(彼此の三業、あい捨離せず)」という善導大師のお言葉です。これは、蓮如上人の書かれた御文章にも引用されています。(3帖目7通)

以下、善導大師の書かれた文章を引用します。

一には親縁を明かす。衆生、起行して口に常に仏を称すれば、仏すなはちこれを聞きたまう。身に常に仏を礼敬すれば、仏すなはちこれを見たまう。心に常に仏を念ずれば、仏すなはちこれを知りたまう。衆生、仏を憶念すれば、仏もまた衆生を憶念したまう。

彼此の三業、あい捨離せず(彼此三業不相捨離)。故に親縁と名づくるなり。(定善義)

簡単にいうと、私が阿弥陀仏を念じることも、手を合わせて礼拝することも、口で南無阿弥陀仏と念仏することも、すべて阿弥陀仏は知っておられるということです。

決して疎遠ではなく、大変親密な関係なのが、阿弥陀仏と私の関係です。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】病気になったらどんな気持ちになりますか?(御文章「秋去り春去り」の続き)2020年12月15日 01:12

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

前回の蓮如上人の書かれた御文章4帖目13通「秋去り春去り」について、もう一つ引用してみます。

蓮如上人はこの御文章を書かれた当時は84歳、しかもいろいろな病気にかかり体調も思わしくありません。

そこで病気のことについてこのように書かれます。

−−

これによりて法然聖人の御ことばにいはく、「浄土をねがふ行人は、病患を得てひとへにこれをたのしむ」(伝通記糅鈔)とこそ仰せられたり。

−−−

法然聖人のお言葉に「浄土を願う行人は、病気になるとこれを楽しむ」というのがあります。

普通は、病気になると「死ぬのでないか」「死ぬのは困る」と思うのですが、「浄土行きが定まった人」は病気を楽しむのだといわれます。「いよいよお浄土に参れる時が近づいた」という意味でいわれています。

しかし、自分はそうではないと蓮如上人は続いて以下のように書かれます。

−−−

しかれども、あながちに病患をよろこぶこころ、さらにもつておこらず。あさましき身なり。はづべし、かなしむべきものか。さりながら予が安心の一途、一念発起平生業成の宗旨においては、いま一定のあひだ仏恩報尽の称名は行住坐臥にわすれざること間断なし。

−−−

しかし、この私(蓮如上人)は病気を喜ぶ心はまったく起こらない、浅ましい我が身であると恥ずかしく、悲しく思います。とはいえ、私の信心については、平生に往生が定まり、仏恩報謝の称名念仏は、いつでもどこでも忘れず称え続けております。

病気になった時、どんな気持ちになろうとも、信心決定の上で往生は一定という点は変わりません。

今年はコロナ禍で、病気を恐れる一年でしたが、「病気にかかったらどうしよう」「かかった時の心構え」も大事ですが、一番大事なのは、どんな病気にかかり、どんな気持ちになっても浄土往生を遂げる身になることです。

今年はいろいろあったけれども、一番は私の浄土往生がさだまったことだとお互いいって来年を迎えたいところです。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】今年書かれたような御文章「秋去り春去り」(4帖目13通)2020年12月01日 01:12

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

12月となり、今年も残すところ僅かとなりました。例年にないコロナ禍で、生活が大きく変わった人も多いと思います。しかし、過ぎて見ると本当にあっという間だったと感じます。人はいつ死ぬか分からないというのを改めて感じた年でした。

そういう今年に書かれたような御文章がありますので紹介します。

蓮如上人の書かれた御文章4帖目13通「秋去り春去り」です。

この御文章は、蓮如上人の最晩年に書かれたものです。

−−

そもそも人間界の老少不定のことをおもふにつけても、いかなる病をうけてか死せんや。かかる世のなかの風情なれば、いかにも一日も片時もいそぎて信心決定して、今度の往生極楽を一定して、そののち人間のありさまにまかせて、世を過すべきこと肝要なりとみなみなこころうべし。

−−

人間の世界は、年寄りから先に死んでいくとは決まっておらず、若い人が先に死ぬこともよくあります。そんな世の中ですから、どんな病気になって死ぬかわかりません。このような世の中の様子ですから、一日も少しでも急いで信心決定して、この度の往生極楽を定めて、その上で人間のありさまにまかせて、この世を過ごしていくことが大事であるとこころえて下さいと書かれています。

11月頃から再び新型コロナウイルスの感染が拡大しています。如何に感染しないかで、マスクを付けたり人ごみを避けたりということが続いた一年でした。しかし、新型コロナウイルスに感染をしなくても、どんな病気にあって死ぬか分かりません。

だから、「一日も片時もいそぎて信心決定して」といわれます。いよいよ死んで浄土往生を遂げるには、生きている間に信心決定の身になっていなければ出来ないからです。

南無阿弥陀仏にまかせ、信心決定した上で今年を終えていきたいと思います。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

1 2 3 4 5 6