アーカイブ

【仏教ブログ】「私がさびしいとき 仏さまはさびしいの」(金子みすゞ)に学ぶ2022年02月20日 00:02

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

ーーーーー

前回紹介した金子みすゞの詩についての続きです。

私がさびしいときに よその人は知らないの。

 私がさびしいときに お友だちは笑うの。

 私がさびしいときに お母さんはやさしいの。

 私がさびしいときに 仏さまはさびしいの。 

(金子みすゞ・さびしいとき)

ーーーーー

私の「さびしい」に共感してともに「さびしい」となって下さるのを、「慈悲」の「悲」といいます。「悲」はサンスクリット語のカルナーを訳されたものです。カルナーは元々の意味は「うめき」ともいわれ、他人の苦痛をわが事として苦しむことから、同情・共感の意味をあらわすようになりました。

そこで慈悲とはこのような意味で書かれています。

ーーー

慈悲 苦を除き楽を与えること。衆生をいつくしんで楽を与えること(与楽)を慈、衆生を憐れみいたんで苦を抜くことを悲という。(浄土真宗辞典)

ーーー

また、慈悲というのは苦しむ相手に対して、上から助けの手を下げるというものではありません。相手の苦しみを、自分の苦しみと感じるところから起こるものですから、「同体の慈悲」ともいわれます。

阿弥陀仏は、その慈悲から私の後生を救うという本願を建てられました。その本願に救われると、今度は阿弥陀仏がそれを喜ばれるのです。

蓮如上人の書かれた御文章には、このように書かれています。

ーーー

後生をたすけたまへとたのみまうせば、この阿弥陀如来はふかくよろこびましまして、その御身より八万四千のおほきなる光明を放ちて、その光明のなかにそのひとを摂め入れておきたまふべし。(2帖目13通)

ーーー

阿弥陀仏が、後生たすけると私に呼びかけられることに対して、その仰せに従い救われると、阿弥陀仏は深く喜ばれて、八万四千という大きな光明を放って私をおさめ取って下さいます。

阿弥陀仏に救われた喜びというのは、私一人が喜んでいるのではありません。

「私がさびしいときに 仏さまはさびしいの。」ですから、

「私がうれしいときに 仏さまはうれしいの。」なのです。

さらに視点を逆転すると

「仏さまがうれしいときに 私はうれしいの。」

というのが、阿弥陀仏におさめ取られた喜びというものです。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

金沢市内からの納骨堂のご利用・墓じまい・永代供養・新規の墓地取得について2022年02月18日 08:02

光顔寺納骨堂のスタッフRTです。

最近、金沢市内の方からご相談を賜ることが急増しております。特に手続きが必要な墓じまい(お骨のお引越し)について、金沢市内の墓地・納骨堂からの墓じまいの手続についてこちらに記載してみたいと思います。

●お骨のお引越しのことを法律用語で「改葬」といいます!

 既にお墓や納骨堂などに埋蔵・収蔵されている遺骨を、ほかのお墓や納骨堂に移すことを「改葬」といいます。金沢市内に埋葬されている遺骨を改葬するときは、金沢市役所市民局市民課生活衛生室にてお手続が必要です。

●改葬許可申請の手順

①改葬先の納骨堂または墓地を決定する

②金沢市役所市民局市民課生活衛生室 にて「改葬許可申請書」を入手し、必要事項を記入する(金沢市は複写の特別用紙の指定がある為、HP等からダウンロードできません)

※光顔寺にも在庫がございます。数量に限りがございますので、事前にお問い合わせください。

③現在遺骨が埋蔵・収蔵されているお墓や納骨堂の管理者から、上記1の申請書に埋蔵・収蔵の事実を認める署名と押印を受ける

④遺骨を改葬する予定のお墓や納骨堂の管理者から、「遺骨の受入を許可されていることがわかる証明書(受入許可証など)」をもらう

⑤申請者の本人確認書類(免許証など)を準備する。郵送の場合は本人確認書類のコピーを準備する

⑥上記書類を市役所へ提出する

<必要書類>

    〇改葬許可申請書に記載の遺骨の受入を許可されていることがわかる証明書(受入許可証など)

    〇申請者の本人確認書類(免許証、保険証など。郵送の場合はコピーを同封)

    〇死亡者の死亡の事実のわかる戸籍謄本

    〇死亡者と申請者の関係がわかる戸籍謄本

 なお、改葬許可申請を代理でされる場合は、「代理人選任届(委任状)」が必要です。

 また、遺骨が死産児などのもので戸籍謄本が準備できない場合は個別に対応させていただきます。

ご不明な点がございましたら、光顔寺納骨堂(TEL0766-73-8756)までお電話ください。

【仏教ブログ】視点の逆転・金子みすゞ作品「さびしいとき」より2022年02月05日 00:02

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

2022年1月にNHK・Eテレで放送された100分de名著は金子みすゞ詩集がテーマとなっていました。

ーーーーー

「こだまでしょうか」「私と小鳥と鈴と」「大漁」などの詩で知られ、今も読み継がれる詩人・金子みすゞ(1903-1930)。小さな命の愛しさ、人間の孤独、生きることへの希望をうたった詩を500余篇書きましたが、26年の短い生涯で一冊も詩集は出版されませんでした。(100分de名著より引用

ーーーーー

番組でも紹介されていましたが、金子みすゞの作品の特徴の一つが「視点の逆転」です。そのうちの一つを紹介します。

私がさびしいときに よその人は知らないの。

 私がさびしいときに お友だちは笑うの。

 私がさびしいときに お母さんはやさしいの。

 私がさびしいときに 仏さまはさびしいの。 

(金子みすゞ・さびしいとき)

ーーーーー

ここでは、「私がさびしいときに」と続けて、別の人はどうなのかということを視点を変えて書いています。

日ごろ私たちは、特にさびしいときには、自分中心の視点でしか物事を考える事ができなくなってしまいます。また、他人の立場に視点を変えても「よその人は知らないの」「お友だちは笑うの」としかなりません。現在も、「さびしい」人は多くいると思いますが、私はそれを知りません。また友達に「いまさびしいんだよね」と打ち明けられても、時には「気にしすぎだよ」と笑ってすごしてきたこともあると思います。

親の立場になってみると「お母さんはやさしいの」となります。子供がさびしそうにしていると、お母さんは子供を心配してやさしく接してくれます。

仏さまの視点になってみるとどうでしょうか?「仏さまはさびしいの」と書いてあります。私がさびしい時に、同じく「さびしい」となって下さるのは仏さまだけです。

そのように、「私がさびしいとき」に「お前がさびしいときが私もさびしいとき」と思って下さる方があることで、初めて「さびしい」が抜き取られることが起きます。

これを「仏の慈悲」といいます。その慈悲は、視点を逆転して仏の視点から見てみると知らされます。

自分がさびしいところにばかり目が行くと、実はそれをご覧になっている仏さまがおられることに気がつかなくなってしまいます。視点を変えてみてください。仏さまの慈悲は私にかかっています。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。