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【仏教ブログ】新型コロナウイルスで変わること変わらないこと2020年04月11日 14:04

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

世界中で新型コロナウイルスによる感染者が増え続けています。当初は、暖かくなれば終息するのではと思っている人も多かったと思いますが、感染はどんどん広がり日本では東京オリンピックも1年延期となりました。

自覚症状が出ない感染者からの広がりもあり、誰が感染者かも分からないまま自分も感染しているのかもと思う生活がしばらく続くと思います。とはいえ、人類の流行病の歴史からいってもいつかは終息します。ただ、いつ終息するかは全く分かりません。

しかし、この新型コロナウイルスが流行する前と終息した後では大きく世の中が変わってしまうことでしょう。

その中で大きなものは人が人を信用できなくなるというものです。

これまでの社会は、大体のことは調べれば正解が見つかり、専門家に聞けば正しい情報を得ることができました。また、社会や知人などを信用してなりたってきたのがこれまでの世界でした。

それが、新型コロナウイルスに関しては、誰も正解が分からないので、どんな専門家の意見も頭から信じることができません。まして、専門家でもない人の意見は社会的に有名人であってもそれまでのように信じることが出来なくなりました。また、いろいろなデマも出回り、商品の一時的な品切れが起きたりもしました。そして、道行く見知らぬ人も、知人も「感染者なのでは?」と最初から疑ってかからなけれはならなくなり、最初から人を信じることができない社会になっていきます。

そのように社会は変わってしまうのではないかと感じています。一度そうなってしまうと、かつてのような社会には中々戻ることはできません。

しかし、時代や社会が変わっても、変わらず人を本当の意味で救うのが、真実の宗教です。

浄土真宗の「真宗」とは「真実の宗教」のことで、阿弥陀仏の本願の事を指して言われています。では、阿弥陀仏の本願とは何かといいますと、阿弥陀仏という仏様が「私を必ず救って捨てない」という本当の願いであり、そのように助けると呼びかけられる真の言葉が南無阿弥陀仏です。

それが、本当だったなと言われているのが、親鸞聖人の書かれた教行信証の以下のものです。

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誠なるかな、摂取不捨の真言、超世希有の正法聞思して遅慮することなかれ。(教行信証 総序)

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摂取不捨の真言とは、私を摂めとってすてられてないという真実の言葉であり、南無阿弥陀仏のことです。超世希有の正法とは、この世を越えたふたつと無い正しき法の琴です。これを計らいなく聞き入れて、疑ったりためらってはならないと言われているのが、「聞思して遅慮することなかれ」の意味です。

人や人の言葉が信じられなくなっても、阿弥陀仏の本願は私を救うという真の言葉です。どうかみなさんも聞いて頂きたいと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】桜の花と親鸞聖人2020年04月01日 13:04

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

今年も桜の季節となって参りましたが、例年と異なり新型コロナウイルス対策で各地で花見の宴会は自粛されています。去る3月25日・26日は東京の桜の名所も封鎖された箇所が幾つもありました。

人は見なくても、桜は今年も咲いております。そして、いつの間にか散ってしまうのもまた桜です。

桜と言えば、浄土真宗では親鸞聖人が比叡山で出家をされる際によまれたと言われる歌が有名です。

それはこんな歌です。

「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」

親鸞聖人は、ひ孫である覚如上人によって書かれた「御伝鈔」によると1181年(養和元年)9歳の時に出家をされたと言われています。その時、比叡山で出家をする際には得度の式をしなければなりませんでした。比叡山・天台宗の座主も務められた慈円僧正のもとで出家をすることになったのですが、その日は都合が悪いので明日得度の式をしようという話になりました。その際に親鸞聖人が読まれたといわれているのが上記の歌です。

明日あると思っている桜も、夜に嵐が来るとあっと言う間に散ってしまいます。明日あると思っているうちにその日は来ないかも知れませんと訴えて、その日の内に得度の式をされたという伝承があります。

ぱっと咲いてぱっと散るのが桜の特徴です。そのはかない相から、世の無常をあらわす象徴として歌によく読まれています。人の命も同様に、気がついたら生まれていて、いつまでも生きているかのように思っていると、ある日ぱっと命が散ってしまいます。

親鸞聖人は、そういう人生を感じられて9歳で出家をされました。桜が必ず散るように、自分も必ず死んでいかねばなりません。変わらないものが何一つない無常の世界で、変わらぬさとりの道を求めて出家をされました。

私たちは、今日出家をするという人にあったことのある人は殆どないと思います。しかし、出家をしなくても命に限りがあるということに変わりはありません。桜の花は散れば土へと還っていきますが、私は死ねばどうなるのでしょうか。仏教では、それを生死といわれ生死は果てしなく続き止むことがないと教えられています。

その生死を出て離れる道を教えられたのが仏教です。その仏教を聞いて、どうか生死を離れた世界に出ていただきたいと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。