【終活通信】「お墓参り」と「お寺参り」 2018年08月14日 15:08

光顔寺越乃國阿弥陀堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、終活プランナーのKTです。

 

昨日家族と両親のお墓がある二上霊園に行ってきました。途中で雨がきつくなり、手を合わせるのも早々にして帰らざるを得ませんでした。屋内の納骨堂であればもっとゆっくりできたのにと、思った次第でした。

来月の内覧予定日の案内で「お彼岸」という言葉があり、検索してみました。以下の内容であり「お寺参り」という主体が「お墓参り」に、時代とともに変わっていったと。法律にもその趣旨が記載されているとか。雨で気がついた「お寺の意義」でした。以下、本文です。

かつて、お彼岸という仏教的行事は、太陽が西方極楽浄土を指し示す春分の日と秋分の日に、阿弥陀仏の極楽浄土を心に思い浮かべながら拝む「日願(ひがん)」の性質をもった行事であり、一週間にわたる法要・彼岸会(ひがんえ)のために寺へ参り、浄土(彼岸)へ至るべく信心を深める浄土信仰の仏事であった。

それが明治維新以降の西欧化政策により仏教的な影響力が弱まり、一般庶民の間で西方極楽浄土に対する宗教的関心が薄れていくと、やがて浄土(彼岸)へ至るべく寺へ参り信心を深めるという行事も抜け落ち、先祖のお墓参りだけが慣習として残され、現代における一般的なお彼岸の年中行事(=お墓参り)につながっているのではないだろうか。

別の記事では
国民の祝日に関する法律(祝日法)では、秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」ことが趣旨とされ、お彼岸文化が法律上にも明記されている。