【仏教ブログ】「まさかこんなことになるとは」台風被害に思うこと 2019年10月12日 18:10

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

2019年9月9日台風第15号の接近、上陸により、特に千葉県では甚大な被害がありました。

被害に遭われた方には、心よりお見舞い申し上げます。(※)

今回は、とりわけ停電の復旧が遅れたことが大きく報道されていました。

停電になった地域の人の多くは、「明日には電気も復旧するだろう」と思っていたとのことでした。ところが、この停電は誰もが思っている以上に長引きました。東京電力は、10日に11日中の復帰を目指すと発表します。その翌日、11日中の復帰は難しいと前日の発表を取り下げました。

この時点で、停電より2日経っています。それでも、これまでの日本人の感覚でいうと台風での停電なら遅くとも3日4日には戻るだろうと思います。その後東京電力は、27日(停電より2週間)かかると訂正しました。

当初は、11日(停電より2日)になれば電気が戻ってくると思い、被害にあった自宅の片づけを頑張っていた方々は、2週間かかるとの発表に大いに落胆したとのことでした。

台風の直撃をうけて、停電になることも想定外ならば、停電がこれだけ長引くことも想定外の出来事でした。そこで被害にあわれた多くの人は「まさかこんなことになるとは」といわれていました。

このような報道を見ている人も、いつそのような目に遭うかわかりません。その意味では、私たちの人生で想定外のことはいつでも起きる可能性のあることです。それでも、私たちは「いつまでもこのまま変わらない日が続いていく」ことを想定して生きています。だからこそ、平穏にいきていくことが出来ます。

そのため、想定してないことが起きた時に、私たちは戸惑い、生きる力を失ってしまいます。

一番想定していないことは、自分が今日死ぬということです。最近は「終活」という言葉も定着し、自分が死ぬことについての準備を心がける人も増えていますが、そんな人でも「自分が今日死ぬ」とは想定していません。しかし、それは想定というよりも、確実な現実です。誰しもが、何時かはこの命の終わりを迎える時があります。しかし、それは当事者の目線でいえば、90才でも、100才でも、自分の死ぬ日は「今日」です。「明日死んだ」という人はありませんし、「昨日死んだ」という人もありません。その意味では、「まさか自分が今日死ぬとは」と実際の時には思います。

仏教では、そのように「いつでも変わらないことは一つもない」ということを「諸行無常」といわれます。例外なく変わらないもの(常なるもの)は無いということです。

とはいえ、あらゆるものが変わりつづけるということを知ると私たちは安心が出来ません。そこで、蓮如上人の御文章にはこのように書かれています。

人間は不定のさかひなり。極楽は常住の国なり。されば不定の人間にあらんよりも、常住の極楽をねがふべきものなり。(御文章5帖目11通 御正忌)

台風を逃れたとしても、私がいつ死ぬかという点では「不定の人間」であることには違いありません。それならば、「常住の極楽をねがふべき」と勧められています。

浄土真宗は、私が浄土往生し仏になるという救いです。みなさんどうか聞いて下さい。

※2019年10月12~13日の台風19号等の災害被害について

お見舞い申し上げます。 

光顔寺

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。