【仏教ブログ】移動自粛で帰省できない今年の大型連休に本当に帰る場所を考える 2020年05月01日 01:05

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

2020年4月日本政府は新型コロナウイルスの感染拡大をうけて、全国に緊急事態宣言を出しました。それによって、都道府県をまたいでの移動自粛が呼びかけられました。

いつもの年ならば、大型連休に実家へ帰るUターンラッシュで大混雑の公共交通機関や高速道路も今年は閑散としています。子供や孫の顔を見るのを楽しみにしていた親御さんにとっても大変寂しい連休となりました。

こうなると故郷があっても帰ることができないというのは辛いものだと感じます。また迎える側からしても、帰ってくる筈の子供が帰ってこないというのは残念なものです。

しかし、これを機会に考えて見ると、私が本当に帰るところは一体どこにあるのでしょうか?都会から地元に帰省する人も、連休が過ぎればまた都会へと戻っていきます。迎える側からしても、「帰ってきた」と喜んでも連休が終わればまた見送らねばなりません。そうして、都会で働く人も、地元で迎える人もいつまでもそれを続けることはできません。いつかは、この命も終わりを迎える時がやってきます。

そうなったときに、私が本当に帰るべきところはあるのでしょうか?もし無かったとしたら、私は死んでどこへいってしまうのでしょうか?見送った人もどこへ行ってしまったのでしょうか?

それに対してお釈迦さまは阿弥陀経の中で、阿弥陀仏の極楽浄土を教えておられます。

「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、名づけて極楽といふ。その土に仏まします、阿弥陀と号す。いま現にましまして法を説きたまふ。」(仏説阿弥陀経)

(現代語版)

ここから西の方へ十万億もの仏がたの国々を過ぎたところに、極楽と名づけられる世界がある。そこには阿弥陀仏と申しあげる仏がおられて、今現に教えを説いておいでになる。

阿弥陀仏の浄土は、西にあると言われています。なぜ西なのかと言えば、西は太陽が沈む方向ということから全てのものが最後に帰する方向をあらわされています。どんな人でも死なない人はいませんが、またどんな人も最後帰るところが阿弥陀仏の浄土なのだと教えられています。そのため、親鸞聖人も阿弥陀仏の浄土に往生することを勧めておられます。

帰る地元がある人にとっては、地元があることは有り難いことです。しかし、本当に帰るべきところがあるということはもっと有り難いことです。それを教えられ、浄土へ往生する道を説かれたのが浄土真宗の教えです。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。