七日ごとの大切な節目 ~初七日から七七日(四十九日)法要まで~
故人さまが往かれてから四十九日までの「中陰」の期間、七日ごとにお勤めする法要について解説します。それは、故人を偲び、繰り返し仏法に触れることで、深い悲しみの中にある私たちが心の平安を取り戻していくための、大切な節目です。
ご葬儀と還骨勤行という大きな儀式を終え、少しずつ日常の生活が戻ってくる中で、ご遺族の心は、深い寂しさや虚無感、そして言いようのない疲れなど、複雑な感情に包まれていることと存じます。そんな慌ただしい日々の中にあって、故人さまを静かに偲び、私たち自身の心を整えるための大切な節目として、ご逝去から七日ごとのお勤めがございます。
この、故人さまがいのち終えられてから四十九日(七七日)までの期間を「中陰(ちゅういん)」と呼びます。浄土真宗では、この中陰の期間に執り行われる一連の法要を、故人さまが遺してくださった、かけがえのない「仏縁」として、大変大切にいたします。
まず、最も重要なこととして、これらの法要は、故人さまが迷いの世界をさまよっているのを救うためや、より善い世界へ行けるようにと私たちが後から功徳を振り向ける「追善供養」ではございません。阿弥陀さまのお力により、故人さまはすでにお浄土へ往き生まれ、仏さまとなられています。
その上で、七日ごとの法要は、遺された私たちのためにあります。 それは、日常の喧騒に戻っていく中で、意識して仏さまと向き合う時間を設けるための、いわば”心の「定点観測」“のようなものです。七日ごとに故人を偲び、阿弥陀さまの前に静かに座り、お念仏をお称えし、仏法に耳を傾ける。その繰り返しの営みを通して、私たちは以下のような、かけがえのないものをいただくのです。
- 悲しみを一人で抱え込まないための「支え」として: 定期的にご親族で集まったり、僧侶がお参りしたりすることで、悲しみを分かち合い、心の孤立を防ぎます。
- 仏法を深く味わうための「繰り返し」として: ご葬儀の場で一度聞いたみ教えも、深い悲しみの中ではなかなか心に届かないものです。繰り返しお聴聞することで、阿弥陀さまのお慈悲の温かさが、少しずつ、しかし確実に心に染み渡り、揺るぎない安心へと繋がります。
- 感謝の心へと転換するための「時間」として: 故人を亡くした辛い「別れ」の事実が、七日ごとの偲び草を通して、故人と出遇えたことへの温かい「感謝」の思いへと、少しずつ心を転換させていくための大切な時間となります。
そして、七回目の節目である四十九日は「満中陰(まんちゅういん)」と呼ばれ、一つの大きな区切りとなります。それは、故人の行き先が決まる日ではなく、故人とのご縁を通して仏法を聴聞し続けた私たちが、深い悲しみの中にありながらも、確かな心の安らぎを見出し、故人への感謝を胸に、新たな一歩を踏み出すための大切な節目なのです。
それでは、次の「【初七日法要】七日目のつどい、み教えに導かれ、いのちの本当のゆくえに目覚める」のページで、その最初の節目である初七日法要の意義について、詳しく見てまいりましょう。


