仏教ブログ

【仏教ブログ】お仏壇はなぜ金色なのか?2022年06月24日 00:06

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」5月末の放送回で奥州藤原氏が源氏によって滅ぼされました。

奥州藤原氏といえば、中尊寺の金色堂が有名です。1124年(天治元年)奥州藤原氏初代清衡によって建立されました。阿弥陀如来を中心に、さまざまな菩薩像が安置され、内陣はすべて金箔と螺鈿細工で施され現在国宝となっている建物です。

これほどではないにしても、とくに浄土真宗のお仏壇はみな金色で飾られています。では、なぜ金色なのでしょうか?

仏説無量寿経には、阿弥陀仏の本願のなかで、浄土にいる菩薩や人はみな金色であると説かれ、また浄土そのものも金色であるとされています。

仏説阿弥陀経には、建物も道も、池の底にまで金色やいろいろな素晴らしいもので飾られていると説かれています。

金は昔から貴重なものであると同時に、化学的にほとんど変化をしないので変わらないものの象徴となっています。鉄や銅のように錆びることがありません。

いつまでも変わらない世界ということで、変わり通しのこの無常の世に対して、いつも変わらない常住の極楽ということを表現されたのだと思います。

私たちは、つい「金色」ときくと、「豪華な」「立派な」と想像して、阿弥陀仏や浄土もそんな世界だと想像します。しかし、浄土というところは、文字通り「清浄な世界」という意味です。楽しい行事が満載の、豪華客船のようなところではありません。

そのため親鸞聖人は、「極楽」という言葉はほとんど使われず「浄土」とか「無量光明土」とされています。「光」というのは、仏の智慧を表す言葉ですから、「限りなき智慧に照らされた世界」が浄土を表す言葉となっています。また、阿弥陀仏も「無量光仏」といわれます。そういうことを表すためにも浄土真宗では、お仏壇に金色が使われています。

生死に迷う私たちにむかって、無量の光明をもって照らして下さる仏と世界があることを示すためのお仏壇です。手を合わされる時は、そのように阿弥陀仏と浄土を思い出して頂きたいと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺 信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】梅雨入り。雨の行く先に浄土を思う。2022年06月10日 00:06

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

5月末から全国各地で夏日が続き、今年も猛暑とともに梅雨時期から各地で大雨が降るのではないかと予想されています。

雨が降りすぎるのも困りますが、やはり梅雨時期にある程度は降らないと水不足になってしまいます。雨は、どこにも差別無く降り注ぎます。ある家だけは、雨がよけていくということはありません。

こうして平等に降り注いだ雨は、さまざまな川となって分かれていきますが、最後は同じ一つの海となります。

この多くの川が最後は一つの海に流れていくことを、阿弥陀仏の救いに譬えられています。

親鸞聖人は正信偈に、このように書かれました。

凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味

(凡聖・逆謗斉しく回入すれば、衆水海に入りて一味なるがごとし。)

【現代語訳】

凡夫も聖者も、五逆のものも謗法のものも、みな本願海に入れば、どの川の水も海に入ると一つの味になるように、等しく救われる。

凡夫というのは、煩悩にふりまわされる日々を送る私たちのような存在をいわれています。聖者というのは、修行をし、悟りをひらいていかれるような方です。五逆や謗法というのは、仏教で教えられる恐ろしい罪を作った人のことをいいます。

そのようないろいろな違いはあっても、阿弥陀仏に救われると同じように浄土に往生して仏とさせて頂けるようになります。

そのことを、さまざまな川の水が、海に入ると同じ一味の海水になることに譬えられたものです。

私が今生きている環境は、一人一人違います。「川の流れのように」という歌もありましたが、それぞれの生は川のように一人一人流れています。別の川になることはできません。環境も違えば、抱える苦しみも異なります。小川のように流れる人生もあれば、曲がりくねった川のような人生もあるでしょう。

そのどれもが、阿弥陀仏の本願の海に入れば一味の救いになるのだと教えられています。川の水を拒絶する海は無いように、本願海はどんな人も救ってみせるとよびかけられています。

同じ浄土に往生する人生となるようにと、梅雨に降る雨を見たら思い出して頂きたいと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺 信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】源信僧都の母の話(2)2022年05月22日 00:05

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

前回の記事の続きです。

母の手紙によって修行に打ち込んだ源信のその後です。

それから6年の歳月が流れ、7年目の春に源信は母に手紙を書きました。

「あれから6年間山で修行に打ち込んできました。母上も心配されているでしょうから、一度そちらに伺いましょうか。」

母からの返事が届きます。

「もちろん会いたいとは思いますが、会ったからといって私の罪が消える訳ではないでしょう。あれから山に籠もって修行に専念していることを聞いただけで嬉しく思います。今後は私が言うまでは山から出てこなくていいです。」

この手紙を読んだ源信は「母はただ人ではない。」と思い、その手紙の通りさらに山から降りずに修行を続けます。

それから9年がたった頃、急に源信は胸騒ぎがして母を訪ねることを決心します。

大和の国に入ったところで、母からの手紙を預かっている男に出会います。

その手紙には、「もう自分は長くない。以前私が言うまで山から出てはならないと便りに書きましたが、もう一度何とか会いたいと思います」と書かれていました。

その手紙を読んだ源信は母の元に急ぎました。夕方に自宅に到着し、久しぶりに会った母は、とても衰弱していました。

母は「なんと嬉しい事でしょうか。死ぬまでにはもう会えないかと思っていたところでした。」と苦しい息の中で喜びました。

源信は「念仏申されていますか」と訪ねます。

母は「念仏申そうとは思いますが、もう力もなく勧める人もないのでそのようにできておりません。」

そこで源信は、尊いことを言い聞かせながら念仏を勧めました。母は、仏道を求める心がおこり、念仏を二百回ばかり称えると、明け方になり静かに息を引き取りました。

源信は、「この母がなければ私は仏道に入ることもなかったし、また母も死の間際に息子に念仏を勧められることもなかった。しかれば、親は子にとって、子は親にとって限りなき善知識(仏法の先生)である」と言って涙を流して山へと戻りました。

子にとって親が善知識であり、親はまた子にとって善知識であるという関係でありたいものです。

お互い元気な時も、そうでないときも、ともに念仏申すご縁となるのが、素晴らしい親子の間柄だと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

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1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
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現在、浄土真宗本願寺派光顔寺 信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】源信僧都の母の話(1)2022年05月07日 00:05

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

5月の第二日曜日は母の日です。

子供に影響を与えた母親の話として有名なのは、源信のお母様の話です。

源信(942ー1017)は、平安時代の比叡山の僧侶です。「往生要集」を書かれた方で、恵心僧都ともいわれます。浄土真宗では親鸞聖人が正信偈に挙げられた「七高僧」の一人として有名です。

源信は、大和国(現在の奈良県)当麻の生まれです。7歳で父と死別し、9歳で比叡山に入り13歳で正式に出家得度します。大変聡明だった源信は、その後15歳で時の天皇の前で「称讃浄土経」の講義をし、法華八講の講師の一人に選ばれます。

大変な名誉に、源信僧都は母親に喜んで貰おうと、天皇より賜った品々に手紙を添えて送りました。しばらくして、母親から手紙で返事が届きました。

そこには、こう書かれていたそうです。

「このような有名な学者になったこと自体はとても喜んでいます。しかし、法華八講になったと大手を振って歩くようなことは、私の本意ではありません。

 私には娘は他に何人もいますが、息子は貴方一人でした。その一人息子を比叡山に送ったのは、よく仏教の学問をして、多武の峰の聖人(名聞利養を捨てた徳の高い僧として有名だった)のような僧となり、私の後生も救ってくれる人になってもらいたくてのことなのです。私も年を取りました。生きている間に貴方が聖人となるのをこの目で見てから安心して死にたい。」

最後に歌がそえられていたと言われています。

「後の世を渡す橋とぞ思ひしに 世渡る僧となるぞ悲しき まことの求道者となり給へ」

一人息子を9歳で送り出し、その息子が大変な名誉を獲た事を喜ぶ一方で、僧侶としての本分を忘れてはならないことを諌めた源信の母の気持ちはどんなものだったでしょうか。

源信は、母に「聖人になられたのでお会いしましょうと言われるまでは、山から降りません」と返事をして修行により一層打ち込みました。

これほど直接的に言われた事はなかったとしても、親は子供に正しい道を歩んで欲しいと願っています。

仏教では、迷いを離れていく事が正しい道だと教えられています。また、実の親以上に阿弥陀仏は私が迷いを離れる事を願っておられます。その阿弥陀仏の願いの通りに生きていきたいものです。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

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1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺 信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】18歳成人と自由について2022年04月16日 00:04

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

改正民法が2022年4月1日に施行され、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられました。これによって、一気に成人となる現在18歳、19歳は230万人に上るそうです。

お酒やタバコ、公営ギャンブルはこれまで通り20歳からですが、いろいろな契約は親の同意なしにできることとなるので、消費者トラブルにまきこまれないかと懸念の声が上がっています。

「成人」という言葉は、文字通り「人と成る」と書きます。身心が発達して一人前になった人だとされています。しかし、私の時は20歳で成人でしたが、成人式があっても「一人前になりました」という感じはありませんし、今でもそれは変わりません。

とはいえ、成人となると「これからは自分の自由だ」と思う若者もいることと思います。確かに、法律上はそうなる部分もあります。

しかし、仏教で「自由」という言葉は、 「好き勝手にできる」という意味ではありません。

「独立自存であること」「解脱してなにものにもとらわれない境地。さとりの境地」の意味があります。

そういう意味では、成人になっても仏教で言う「自由」な人はほとんどいないことになります。保護者から独立したといっても、何よりも自分自身にふりまわされるのが私という人間です。

これを凡夫といわれます。凡夫というのは、煩悩に日々煩わされるものと教えられています。

親鸞聖人は、「凡夫」についてこのように教えられています。

ーーー

「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえず(一念多念証文)

ーーー

欲も多く、怒り、腹立ち、ねたむ心が多くそれらに振り回されて、それは臨終までとどまる事も消える事も絶えることもありません。そんな状態では、「自由」とは言い難いです。

ただ、そういう煩悩に振り回される私を、さわり無く救う仏様が阿弥陀仏です。ですから、親鸞聖人は「無碍光如来」ともいわれます。

ーーー

無碍と申すは、煩悩悪業にさへられず、やぶられぬをいふなり。(同)

ーーー

煩悩悪業に妨げられたり、破られない働きを「無碍」といわれます。その無碍光如来によって救われると、どれだけ煩悩があってもそれにさまたげられることなく浄土往生を遂げさせていただく身になります。

どんな状態であっても浄土往生定まる身にしていだくということは、なにものも妨げられないという意味で自由であり、ある意味での「成人」といえると思います。

年齢に関係なく、そうありたいと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

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1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
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現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】4月はお釈迦さまの誕生月2022年04月08日 00:04

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

4月8日は、お釈迦さまが誕生された日として、花まつりが開かれます。

お釈迦さまがお生まれになったときに、天の神々が祝福して甘露の水を降らせたということから、小さな釈迦像に甘茶をかけるのが灌仏会(かんぶつえ)です。

その誕生の際には、七歩歩かれて右手で天を、左手で地を指さして「天上天下唯我独尊」と言われたとされています。

「天の上にも天の下にも私だけが尊い」と自惚れるの意味として使われてもいますが、これは本来の意味ではありません。

迷いの世界(六道)から、一歩踏み出ることを七歩であらわされて、迷いから離れて解脱する。それが、私たち一人一人にとって唯一つの尊い事なのだといわれています。

そのように迷いを離れるといったことは、お釈迦さまのような立派な方だけのことのように思いますが、そうではありません。お釈迦さまは、自ら迷いを離れて仏のさとりを開かれましたが、その後は、人々が迷っていることとそこから離れる道を示していかれました。その教えが今日まで伝わっている仏教です。

お釈迦さまは、自らさとるだけでなく、人にもさとりへの道を伝えていかれました。それは、お釈迦さま一人が迷いから離れればそれでよいとはされなかったからです。

これは、今の私からすると、「お釈迦さまがさとりを開かれたからそれでよい」というものではありません。お釈迦さまに限らず、あの人は浄土に往生したといっても、「この私」が迷いから離れるかどうかは「この私」の問題です。

人間に生まれてきた「この私」が、迷いを離れることができると教えられたのが仏教です。特に浄土真宗は、どんな者でも迷いを離れ浄土往生の身に救われる道を教えられています。

お釈迦さまが誕生されたことを心から喜んで、迷いから離れる身になって頂きたいと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

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1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
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現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】卒業ソング「さよならぼくたちのほいくえん」から人生卒業後の姿を思う2022年03月20日 00:03

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

卒業式によく歌われる卒業ソングというものがあります。

昔からよく歌われるのが「仰げば尊し」「蛍の光」「贈る言葉」ですが、最近では「3月9日」などいろいろな曲が歌われています。

どの曲も、これまでの歩みを振り返り別れを惜しみつつエールを送る内容となっています。

その中で、幼稚園保育園でよく歌われる「さよならぼくたちのようちえん(ほいくえん)」はそれらと

はまた違った内容となっています。

これまでの生活を振り返る内容に続き、

「さよなら ぼくたちのほいくえん ぼくたちの遊んだ庭

 このつぎ遊びにくるときは ランドセルの一年生」

と歌います。

いろいろな卒業ソングの中で、「このつぎ遊びにくる」というのは珍しいと思います。それも今度は幼稚園児ではなく、ランドセルの一年生になってまた来るというものです。

幼稚園を卒業した子供は、間違いなくランドセルの1年生になることからこういう明るい未来を歌詞にしてあるのだと思います。

私の人生の卒業には、それまでの人生を振り返り、別れを惜しむことも大切ですが、「このつぎ遊びにくる」といえるようなものであって欲しいと思います。

浄土真宗では、浄土に往生された方は必ずほとけのさとりを開きます、その後は、親兄弟、妻子を済度するためにそれらの人のいる世界に帰ってくると言われます。

そのことを歎異抄にはこのように言われています。

ただ自力をすてて、いそぎ浄土のさとりをひらきなば、六道・四生のあひだ、いづれの業苦にしづめりとも、神通方便をもつて、まづ有縁を度すべきなりと

(歎異抄5条)

たとえ亡き父母がどんな世界でどんな姿に生まれていたとしても、そこまでいって再度するのだと言われています。

この世と別れるのは名残惜しくても、浄土に往生すると速やかに仏となってまた衆生済度に還ってくることを還相回向の働きと言われます。

生きているあいだに浄土往生する身になって頂きたいと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

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1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】人生の卒業式2022年03月05日 00:03

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

3月は卒業のシーズンです。全国の幼稚園保育園、小中学校、高校大学で卒業式が行われます。

卒業式はお別れの行事なので、送る側も送られる側も色々と感慨深いものです。

自分が成長し、子供の親ともなりますと、子供の卒業式に出席し、送る側として過ごすようになります。その子供も社会に出ると卒業と縁遠くなるかもしれません。

しかし私の人生で考えると、人生の卒業に当たるのが、私の臨終であります。小学校なら6年間と決まった期間で卒業となります。それに対して人生はそのように決まった年数はありませんが、それでも寿命を迎えると人生の終わりになりす。これが臨終と言うものです。お葬式は人生の卒業式と言ってもいいかもしれません。

その意味では、歳を重ねるといろいろな人の人生の卒業式に立ち会うことになります。しかし、いつまでも見送られるばかりではありません。やがて自分が見送られる時が来ます。それが私の命が終わる時、私が臨終を迎える時です。

自分の卒業式では、その後の進路がはっきりしているときは明るい気持ちで迎えられますが、はっきりしていない時は不安になるものです。高校の卒業式では、大学合格発表待ちの人もあり、未来に対して不安な気持ちで卒業式を迎えることになります。

それでは、私の人生の臨終にはどんなことを思うでしょうか。

歎異抄第9条にはこのような親鸞聖人のお言葉があります。

なごりをしくおもへども、娑婆の縁尽きて、ちからなくしてをはるときに、かの土へはまゐるべきなり。(歎異抄9条)

なごりおしく思うことがあったとしても、この世との縁が尽きて命が終わるときには、阿弥陀仏の浄土に参らせてもらうのだと言われています。

人生の卒業となったとき、いろいろと名残惜しく思う事はあっても、行くべきところは阿弥陀仏の浄土であるという身になって頂きたいと思います。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

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現在、浄土真宗本願寺派光顔寺(富山)信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】「私がさびしいとき 仏さまはさびしいの」(金子みすゞ)に学ぶ2022年02月20日 00:02

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

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前回紹介した金子みすゞの詩についての続きです。

私がさびしいときに よその人は知らないの。

 私がさびしいときに お友だちは笑うの。

 私がさびしいときに お母さんはやさしいの。

 私がさびしいときに 仏さまはさびしいの。 

(金子みすゞ・さびしいとき)

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私の「さびしい」に共感してともに「さびしい」となって下さるのを、「慈悲」の「悲」といいます。「悲」はサンスクリット語のカルナーを訳されたものです。カルナーは元々の意味は「うめき」ともいわれ、他人の苦痛をわが事として苦しむことから、同情・共感の意味をあらわすようになりました。

そこで慈悲とはこのような意味で書かれています。

ーーー

慈悲 苦を除き楽を与えること。衆生をいつくしんで楽を与えること(与楽)を慈、衆生を憐れみいたんで苦を抜くことを悲という。(浄土真宗辞典)

ーーー

また、慈悲というのは苦しむ相手に対して、上から助けの手を下げるというものではありません。相手の苦しみを、自分の苦しみと感じるところから起こるものですから、「同体の慈悲」ともいわれます。

阿弥陀仏は、その慈悲から私の後生を救うという本願を建てられました。その本願に救われると、今度は阿弥陀仏がそれを喜ばれるのです。

蓮如上人の書かれた御文章には、このように書かれています。

ーーー

後生をたすけたまへとたのみまうせば、この阿弥陀如来はふかくよろこびましまして、その御身より八万四千のおほきなる光明を放ちて、その光明のなかにそのひとを摂め入れておきたまふべし。(2帖目13通)

ーーー

阿弥陀仏が、後生たすけると私に呼びかけられることに対して、その仰せに従い救われると、阿弥陀仏は深く喜ばれて、八万四千という大きな光明を放って私をおさめ取って下さいます。

阿弥陀仏に救われた喜びというのは、私一人が喜んでいるのではありません。

「私がさびしいときに 仏さまはさびしいの。」ですから、

「私がうれしいときに 仏さまはうれしいの。」なのです。

さらに視点を逆転すると

「仏さまがうれしいときに 私はうれしいの。」

というのが、阿弥陀仏におさめ取られた喜びというものです。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

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   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。

【仏教ブログ】視点の逆転・金子みすゞ作品「さびしいとき」より2022年02月05日 00:02

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

2022年1月にNHK・Eテレで放送された100分de名著は金子みすゞ詩集がテーマとなっていました。

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「こだまでしょうか」「私と小鳥と鈴と」「大漁」などの詩で知られ、今も読み継がれる詩人・金子みすゞ(1903-1930)。小さな命の愛しさ、人間の孤独、生きることへの希望をうたった詩を500余篇書きましたが、26年の短い生涯で一冊も詩集は出版されませんでした。(100分de名著より引用

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番組でも紹介されていましたが、金子みすゞの作品の特徴の一つが「視点の逆転」です。そのうちの一つを紹介します。

私がさびしいときに よその人は知らないの。

 私がさびしいときに お友だちは笑うの。

 私がさびしいときに お母さんはやさしいの。

 私がさびしいときに 仏さまはさびしいの。 

(金子みすゞ・さびしいとき)

ーーーーー

ここでは、「私がさびしいときに」と続けて、別の人はどうなのかということを視点を変えて書いています。

日ごろ私たちは、特にさびしいときには、自分中心の視点でしか物事を考える事ができなくなってしまいます。また、他人の立場に視点を変えても「よその人は知らないの」「お友だちは笑うの」としかなりません。現在も、「さびしい」人は多くいると思いますが、私はそれを知りません。また友達に「いまさびしいんだよね」と打ち明けられても、時には「気にしすぎだよ」と笑ってすごしてきたこともあると思います。

親の立場になってみると「お母さんはやさしいの」となります。子供がさびしそうにしていると、お母さんは子供を心配してやさしく接してくれます。

仏さまの視点になってみるとどうでしょうか?「仏さまはさびしいの」と書いてあります。私がさびしい時に、同じく「さびしい」となって下さるのは仏さまだけです。

そのように、「私がさびしいとき」に「お前がさびしいときが私もさびしいとき」と思って下さる方があることで、初めて「さびしい」が抜き取られることが起きます。

これを「仏の慈悲」といいます。その慈悲は、視点を逆転して仏の視点から見てみると知らされます。

自分がさびしいところにばかり目が行くと、実はそれをご覧になっている仏さまがおられることに気がつかなくなってしまいます。視点を変えてみてください。仏さまの慈悲は私にかかっています。

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宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

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