【仏教ブログ】蓮如上人の年始の挨拶は「念仏申さるべし」 2020年01月01日 00:01

光顔寺明照廟堂(光顔寺 納骨堂)のスタッフ、仏教アドバイザーの宮田秀成です。

年が明けて、年始の挨拶をお互いするときに「明けましておめでとうございます」「今年も宜しくお願いします」と言う方が多いと思います。

浄土真宗の中興の祖といわれる蓮如上人(1415〜1499)はそうではなかったことが、御一代記聞書に書き残されています。御一代記聞書とは、蓮如上人の言行録として後に書き残されたものです。

その最初に以下のように書かれています。

「一 勧修寺村の道徳、明応二年正月一日に御前へまゐりたるに、蓮如上人仰せられ候ふ。道徳はいくつになるぞ。道徳念仏申さるべし。」

道徳というのは、蓮如上人からお話しを続けて聞いている門徒の方です。明応二年の元旦に蓮如上人のところへ行って年始の挨拶に伺ったところ、蓮如上人がこのように言われました。

「道徳は、今年で何歳になった?道徳、念仏を称えなさい」

この頃は、年が変わると年齢が一つ増えるので最初の「道徳はいくつになるぞ」は私たちでもよく使います。年始にあった親戚の子供や孫に「何歳になった?」と聞く人も多いと思います。

しかし、蓮如上人は「念仏を称えなさい」と言われています。こう聞くと、「正月早々念仏とは……」と思う方もあるかもしれません。それは念仏について葬式や法事の時のイメージが強いからだと思います。

ここで蓮如上人は念仏について、自力の念仏と他力の念仏について続けて話をされています。まとめて書きますと、自力の念仏とは念仏を称えることでなんとか仏様に助けてもらおうという祈願の心でするものです。それに対して他力の念仏とは、阿弥陀仏が助けるとの仰せを聞き入れた上で、助けていただいた有り難さ尊さを喜んで申すものです。そのまま臨終まで続いて、浄土往生をするものが他力の念仏です。

私たちが日ごろ称える念仏は、どちらの念仏でしょうか?蓮如上人は、他力の念仏を勧めておられます。そのことが、よく分かるのが今回紹介した御一代記聞書です。

「年始早々」という言葉は、正月くらいはいろんなことはお休みしましょうという意味で使われますが、蓮如上人には年末も年始も変わらず「念仏申さるべし」と思い続け、勧めておられました。そのため年始早々から「道徳、念仏申さるべし」で挨拶をされています。

そのように、阿弥陀仏に助けて頂いて、有り難いことだと念仏申す身になって頂きたいと思います。

―――――――――――――――――――――――――――

宮田秀成/光顔寺・仏教アドバイザー(真宗教義、脱カルト担当)

Profile
1993年に宗教法人浄土真宗親鸞会に入信、10年間親鸞会講師として活動。
脱会後、親鸞会の教えの誤りに気づき、本願寺派の教えを中心に学びなおす。
現在、浄土真宗本願寺派光顔寺信徒。
   光顔寺スタッフ。仏教アドバイザー。